オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

ティラノサウルスの巨大進化に新説「大陸間シャトル進化」

オジさんの科学vol.115 2025年7月号

ティラノサウルスの巨大進化に新説「大陸間シャトル進化」

 

 かつて、ある宴会で「恐竜作戦」を決行した。前回の宴会で、身体がでかくてめっぽう酒が強い部門長に捕まった若手社員が、酔いつぶれて救急車で搬送されたのだ。もっと飲めという部門長の一言を、部下は怖くて断れない。声をかけられないための作戦を練った。

 作戦その1、恐竜の様にゆっくりと動く部門長に合わせて、素早く宴会場の対角線エリアに移動し続ける。作戦その2、部門長の視線を感じた時は動きを止める。恐竜は、動くものしか捉えられないからである。知見に基づいて作戦は立案された。

 

 恐竜の中でも最も強かったと言われるのが「ティラノサウルス」です。ティラノサウルスとは「暴君トカゲ」という意味です。

 2002年に、ティラノサウルスは走れなかった、という論文が発表されていました。しかし、2019年に神奈川大学の宇佐美准教授が、シミュレーションによってティラノサウルスの速さの上限を算出したところ、秒速14.1m(時速約51km)という値が出ました。宇佐美准教授は数理生物学が専門で、筋骨格モデルをコンピューター内の仮想空間で走らせました。ウサイン・ボルトですら逃げ切れないようです。

 

 映画『ジュラシックパーク』の中では、ティラノサウルスは動く獲物しか見えない、と表現されていました。しかし、ティラノサウルスは動いていない獲物でも、目でしっかりと認識することができたようです。じっとしていても見つかってしまうみたいです。

 

 ティラノサウルスの仲間の中で最も巨大化した「ティラノサウルス・レックス(Tレックス)」は、白亜紀末期に北米大陸に生息していました。そして他の恐竜と共に6,600万年前に絶滅しました。最大の個体は体長が12m、体重が約9tもあった、とする推定もあるようです。一般的にティラノサウルスと言えばTレックスを指します。

 頭が大きく、頭蓋骨の長さは1.5mもありました。一口で最大230キロの肉を食べることができたと推測されています。ふんを調査すると、粉々になったトリケラトプスエドモントサウルスなど餌食となった恐竜の骨の化石が発見されました。ティラノサウルスは、獲物の骨をかみ砕きながら食べていたようです。

 

 なぜこれほど巨大で強力なTレックス北米大陸に現れたのか、これまで判っていませんでした。

 今年6月、北海道大学カルガリー大学の国際共同研究グループが、その進化に道筋をつける新たな仮説を、学術誌「Nature」に発表しました。

 

 研究グループは、モンゴルの白亜紀後期の地層(約9,000万年前)から発見されたティラノサウルスの仲間で新種の「カンクウルウ・モンゴリエンシス」を報告しました。カンクウルウは、モンゴル語の王子と竜を組合わせた造語。カンクウルウ・モンゴリエンシスとは「モンゴルの竜の王子」という意味です。

 

 竜の王子は、体重が500kg未満と推定され、細身の体つきや未発達の頭部など、「幼いティラノサウルス」によく似た特徴を持っていました。Tレックスのような大型のティラノサウルスらしさを持ちつつ、大人のティラノサウルスではなくなってしまう特徴も持ち合わせていました。

 カンクウルウを軸に考えると、ティラノサウルスの仲間は、「成長を加速させる進化(過成熟化)」によって頭が大きくなり、歯は太くなり、大型で筋肉質のパワー型の恐竜になったと説明できるそうです。

 

 研究グループはカンクウルウやTレックスを含むティラノサウルスの仲間約30種類の化⽯や標本を再度調査。進化のつながりや枝分かれを解析し、系統樹を再構築しました。

 大型化したティラノサウルスの祖先は、まずアジアで誕生しました。その後8,600万年前までに北アメリカに渡ります。しばらく北アメリカに分布した後、7,800万年前頃に再びアジアに戻ります。さらに7,300~6,700万年前、またまた北アメリカに移動し、暴君として君臨したと考えました。

 

 これにより「ティラノサウルスは北アメリカで誕生し、巨大化した」という従来の説を覆しました。ティラノサウルスは「大陸間シャトル進化」により巨大化したのです。



 さて、この研究のこぼれ話も紹介しましょう。

 こぼれ話その1、今回新たに新種として記載されたカンクウルウは、50年以上も前にモンゴル科学アカデミーの調査で発見されました。長らく別の種に仮分類されていた標本を、研究グループが再検討し、大型ティラノサウルスの仲間の進化の鍵として位置づけたそうです。

 

 こぼれ話その2、通常このような発見のプレスリリースは大学などの研究機関から発信されます。ところが今回は、PRTIMESという民間企業のニュースを取り扱うPR会社からもリリースが配信されました。中央開発という会社の「当社社員がティラノサウルス類新種発⾒に貢献」という発表です。中央開発は地盤調査や土木計画などを行う会社の様です。この会社の社員が北大の大学院在籍中にこの研究に携わり、Nature論文の共著者となったようです。ちょっと微笑ましいリリースでした。

 

 えっ、ところで恐竜作戦はどうなったのか?って。オジさんたちは、作戦の甲斐もあり、無事に宴会を切り抜けることができた。だが、作戦を伝授していなかった若手1名が捕獲され、救急車のお世話になった。

 

や・そね

 

<参考資料>

「大型ティラノサウルス類の起源と進化の解明 ~ティラノサウルスの進化の鍵は“成長スピードの違い”~」(2025年6月12日)北海道大学 プレスリリース

 

「恐竜たちの走りを再考する」 日経サイエンス 2019年9月号

 

Tレックスの進化の謎に迫る新種の恐竜を発見、『竜の王子』 9000万年前のカンクウルウ・モンゴリエンシス、ティラノサウルスの進化史を再構成」(2025年6月17日)ナショナルジオグラフィック日本版サイトNews https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/25/061700328/

 

「史上最大のティラノサウルスと判明、約9トン」 (2019年3月28日)ナショナルジオグラフィック日本版サイトNews https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/032800189/

 

「動物大図鑑 ティラノサウルス・レックス」 ナショナルジオグラフィック日本版サイト(2025年7月20日閲覧)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/429116/

 

「恐竜・古生物 Q&A ティラノサウルスは動く獲物しか見えなかったの?」福井県立恐竜博物館HP(2025年7月20日閲覧)https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/dino/faq/r02041.html

 

ティラノサウルスの巨⼤化、アジアと北⽶往来の過程で進化 北海道⼤」(2025年6月12日)日経新聞電子版 

 

「当社社員がティラノサウルス類新種発⾒に貢献 『カンクウルウ』と命名ティラノサウルスの”進化の空⽩”を埋めるためにー」(2025年7⽉11⽇)中央開発株式会社プレスリリース

 

 

 

ミケの遺伝子、みっけ。

オジさんの科学vol.114 2025年6月号

ミケの遺伝子、みっけ。

 

 ウチのネコ、小鈴が19歳で永眠してからもうすぐ3年になる。近くの公園で見つかった保護ネコで、生後1~2ヶ月ほどのようだった。保護された時、一緒にいた兄弟は、息が無かったという。当時は、掌に乗るほど小さかった。

 ネコなど飼ったことが無かった。茶色(オレンジ色と表現される場合もある)がベースの毛並みに黒い毛が混じっていた。顔の真ん中があざの様に黒く、最初は不細工なネコだと思った。しかしよく見ると全体として顔立ちも整っていて結構美人なことに気がついた。薄緑目のメスで、サビ猫(錆び猫)だと教わった。

 毛の色が茶色と黒のサビ猫や、茶色と黒と白のミケ猫(三毛猫)のほとんどはメスです。

 メスは、性別を決める性染色体として、X染色体を2本(XX)持っています。一方オスは、X染色体とY染色体が1本ずつ(XY)持っています。これは、ほとんどのホニュウ類で共通です。ヒトも同じです。

 

 茶色や黒の毛の色を決める「オレンジ遺伝子」と呼ばれる遺伝子がX染色体にあるらしいと、120年以上前から言われていました。

 その後、今から60年以上前に、メスの細胞では2つのX染色体のうちどちらか一方がランダムに働かなくなり、残った片方の遺伝子のみが機能するという説が提唱されました。

 

 茶色だの黒だのオレンジだのややこしいですが、オレンジ遺伝子には2種類あって茶色の毛をつくるタイプと、黒毛をつくるタイプがあると考えてください。そして一つのX染色体には、そのうちのどちらか一方しかありません。

 

 2つあるX染色体の一方に茶色の毛を作るタイプのオレンジ遺伝子を持ち、もう一方が黒い毛を作るタイプのオレンジ遺伝子を持っていた場合に、それぞれの細胞においてどちらか一方がランダムに働き、茶色と黒が混じった毛並みになると考えられてきました。しかし、60年経ってもオレンジ遺伝子の正体やその働きについては、判っていませんでした。

 ちなみに、2本のX染色体が両方とも茶色、両方とも黒のタイプの遺伝子を持つ場合は、ミケ猫やサビ猫にはなりません。

 

 2023年、九州大学の佐々木裕之名誉教授を中心として集まったネコ好きの研究者や獣医師たちの「三毛猫遺伝子探索プロジェクト」チームは、「三毛猫の毛色をつかさどる遺伝子を解明したい!〜60年間の謎に挑む〜」というクラウドファンディングを立ち上げました。


 500万円の目標に対し、1,000万円以上寄付が619人から集まりました。中には50万円を寄付した人もいたようです。ネコ好き、たくさんいますねーー。

 その研究成果が、今年5月16日に発表されました。

 プロジェクトチームは、オレンジ遺伝子の正体が「ARHGAP36」であることを突き止めました。これが何なのかオジさんにもさっぱりわかりませんが、とにかくオレンジ遺伝子が判ったという事です。

 この遺伝子が正常な場合は黒いメラニン色素がつくられ、黒毛になるそうです。一方異常があると、黒い色素を作る働きが抑えられて茶色のメラニン色素がつくられ、茶色の毛になるようです。サビ猫やミケ猫は、正常タイプ遺伝子のX染色体と異常タイプ遺伝子のX染色体の両方を持つということの様です。

 

 研究には、福岡市内から様々な毛色を持つ18匹のネコが参加しました。チームは、彼らのDNAを解析しました。その結果茶色の毛を持つネコは、ARHGAP36遺伝子の一部が欠けていることが判りました。これが異常タイプということです。

 さらに50匹以上のネコで検証したところ、茶色の毛を持つすべてのネコで遺伝子が欠けていました。また、海外のデータも参照したところ、この遺伝子の欠失の有無と茶色い毛の有無が完全に当てはまったそうです。


 ちなみに、サビ猫やミケ猫はほとんどがメスだと言いました。ほとんどという事は、稀にオスもいるという事です。X染色体が1本しかないオスでも黒毛と茶色い毛ができるとすると、今回の研究成果以外のメカニズムがあることなります。

 実は、オスのサビ猫やミケ猫はクラインフェルター症候群という染色体異常で、X染色体とY染色体のペアに加えてもう1本のX染色体(XXY)を持っているのです。 非常

に珍しく1/30,000の確率とも言われます。

 

 さて、サビ猫とミケ猫の違いです。ミケ猫は、白い毛を作る遺伝子を持っています。この遺伝子が働いている部分は、メラニン色素の生成を抑えるので、オレンジ遺伝子がどちらのタイプであれ白い毛になるようです。

 

 ネコの毛色を決める遺伝子は、他にもあります。これらが複雑に機能して毛色が決まるようです。遺伝子が同じでも、どの色が現れるかは、細胞ごとにランダムに決まります。だから亡くなったネコの細胞からクローンを作っても同じ模様にはなりません。

 

 我が家には、未だに小鈴の気配が残っている。帰宅した時には思わず「ただいまー。鈴」と言ってしまう。

 

 や・そね

 

 

<参考資料>

 

「三毛猫の毛色を決める遺伝子をついに発見 ~60年間の謎だった三毛猫の毛色の仕組みを解明~」 2025年5月16日 九州大学国立遺伝学研究所国際基督教大学東京大学近畿大学、anicom medical、麻布大学プレスリリース

 

九州大学クラウドファンディング 「三毛猫の毛色をつかさどる遺伝子を解明したい!〜60年間の謎に挑む〜」 https://readyfor.jp/projects/calico60

 

Newton2024年7月号 「世界のネコ図鑑 毛色と模様はどのように決まるのか」 

 

地下の山が首都直下型の地震を起こしていた。

オジさんの科学vol.113 2025年5月号

 

地下の山が首都直下型の地震を起こしていた。

 

 意外なものが、思いもよらない所から見つかることがある。

 絶対にあるはずのものが、いくら探しても見つからない時、我が家では「小人さんが隠した」と言う。しばらくすると、小人さんは返してくれる。2、3日の場合もあるし、数ヶ月かかる時もある。プリンターの下からネックウォーマーが出てきたり、クローゼットの奥にサングラスがあったりする。

 お守りと一緒に記憶にない諭吉さんを見つけた時は、心の中で「小人さんありがとう」と呟いた。

 

 

 今回紹介する研究では、東京湾の地下に山が見つかりました。

 今年4月に東京科学大学の中島淳一教授は、「東京湾北部で起こる首都圏直下型地震の巣は、太平洋プレート上の海山が原因である」と発表しました。

 どういうことなのか、ご説明します。

 

 その前に「東京科学大学」についてひとこと。国立の超難関校ですが、名前を聞いたことが無い方も多いのではないでしょうか。この大学は、2024年10月に誕生したばかりなのです。東京工業大学東京医科歯科大学が統合して出来ました。

 

 では始めましょう。

 今回の研究で対象とした「東京湾北部」とは、東京都との境に近い千葉県の北西部を指します。具体的には、千葉市習志野市船橋市の沿岸部辺りのことです。このエリアの地下60~70kmには、「地震の巣」があると言われています。体に感じない小さな地震も含めると、月に100回ほど発生しているそうです。

 

 有感地震も多く、数年に一度はマグニチュード(M)5.0以上の地震が起こっています。過去100年の間、東京23区で震度5以上を感じた地震は3回ありました。そのうち2回は、このエリアを震源としています。残りの1回は東日本大震災東北地方太平洋沖地震)です。

 1894年にはM7.0の地震が発生したと考えられています。ちなみにMの値が2つ増えると、放出されるエネルギーは約1,000倍になります。

 

 このエリアの地下は複雑なのですが、超ざっくりいうと東日本大震災が発生したエリアと同じように、東から太平洋プレート(海洋プレート)が沈み込んでいます。

 

  研究では、2000年から2023年までの間に東京湾北部で約8,000回発生したM2以上の地震を精査しました。すると次のことが判りました。

 地震の巣は、沈み込む太平洋プレートの上にある。

 地震は半径10kmほどの円の中で発生している。

 地震は立体的に分布しており、並べるとプレートが沈み込む面から盛り上がっている。

 

 これらの結果から、沈み込む太平洋プレートの上に何らかの構造があると推定されました。研究では、これが「海山」であると考えました。

 

 海山とは海原雄山の略、ではありません。海底火山、あるいは火山島が浸食を受けて海に没した地形です。つまり海底の山です。これが並んで列をなしていると「海山列」と呼ばれます。

 有名なのは北太平洋の「天皇海山列」。カムチャッカ半島の根元から南に連なり、途中で南東方向に折れ曲がって「ハワイ海山列」になります。一番端は、ハワイ諸島で海面に顔を出しています。天皇海山列の海山には、多くの天皇の名前が付けられています。

 

 関東地方の東約300kmの沖合には、「常磐海山列」があります。その一番西にある「第一鹿島海山」は、日本海溝の淵にあります。太平洋プレートとともに、落ち込もうとしています。

 これらの海山の大きさは半径5~20km、高さは1,000~3,000mです。

 

 東京湾北部の盛り上がりは、半径約10km、高さは2,000m以下と推測されました。常磐海山列にあってもおかしくない大きさです。

 そこで、この大きさの海山が太平洋プレートに載ったまま、地中に沈み込んだと仮定しました。その上でシミュレーションを行うと、観測された地震活動と類似した地震発生のパターンを示すことが判りました。


 このことから地震の巣は、沈み込んだ海山が原因である可能性が高いと結論付けました。



 従来、海山はプレートの沈み込みに伴って削られ、山の形を保てないと考えられてきました。しかし本研究の結果は、地下60~70kmにおいても海山の形状を保ち、地震活動の原因となっていることを強く示唆しました。

 

 東京湾北部の地下の海山は、その大きさから今後もM7クラスの地震を引き起こす可能性があるそうです。

 またこの研究では、関東地方にある他の地震の巣16ヶ所についても調査しました。その結果、全ての地震の巣の大きさが、海山の大きさの範囲内にあることが確認されました。地中に沈み込んだたくさんの海山が、地震を引き起こしている可能性が高いと考えられます。

 遠い未来にハワイの島々が日本列島の下に沈み込み、地震の巣となるかもしれません。

 

 思いがけなく見つかった地下の海山。今後、地震発生のメカニズムの理解が進むと思われる。

 一方、我が家の小人さん出現のメカニズムは、解明が進んでいない。ボケの始まりでないことだけは確かなのだが・・・。

や・そね

 

 

<参考資料>

「関東地方下の地震の巣は海山の沈み込みが原因だった~首都直下地震地震像の解明に向けて~」  2025年4月17日 東京科学大学プレスリリース

 

 

 

 

遺伝子だけの古代人。

オジさんの科学vol.112 2025年4月号

 

遺伝子だけの古代人。

 

 メールやLINE、Messengerだけの仕事が増えた。相手の顔を見ないままに進む。顔を合わせないでいると、不安になることもある。とは言っても見ず知らずではない。相手を思い浮かべて文章を作る。

 今、国立科学博物館で開催されている「古代DNA」展では、宮古島の古代人や礼文島縄文人の顔が復元されている。その辺に居そうなオッチャン、オバチャンだ。顔を見ると身近に感じられる。

 相手の正体が分からないことを「顔が見えない」という。顔だけではなく、体格も生活も何も分からない正体不明の古代人がいる。それが「デニソワ人」だ。

 

 今月、日本、台湾、デンマークの国際共同研究チームは、「台湾で見つかった人類化石がデニソワ人だった」と発表しました。

 現存している人類は、「私たち(学名:ホモ・サピエンス)」だけです。でも、数万年前には、他の人類も生きていました。「ネアンデルタール人(学名:ホモ・ネアンデルターレンシス)」と「フローレス原人(学名:ホモ・フロレシエンシス)」そして「デニソワ人」です。

 

 ネアンデルタール人は、よく知られています。旧人といわれ、かつては彼らから今の私たちが進化したのかもしれない、とも考えられていました。サルから猿人、原人、旧人、新人(私たち)と進化する図を、見たことはありませんか。少しずつかがんだ腰が伸びていく図。あれは、ちょっと違ってたんですね。ネアンデルタール人が私たちに進化したんじゃないんです。

 ご先祖ではなく兄弟、といったところです。ネアンデルタール人の祖先と私たちの祖先は同じだったと考えられています。


 1856年にドイツのネアンデル渓谷で、最初の化石が発見されました。ヨーロッパを中心にたくさんの化石や遺跡が発見されています。私たちよりも体格はがっしりとしており、脳は若干大きかったようです。狩猟採集がメインで、少人数で集まって暮らしていたようです。

 

 ネアンデルタール人のDNAは、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ博士の研究グループによって解析されました。さらに、研究グループは、アフリカ人を除く私たちの遺伝子の1~2%は、ネアンデルタール人由来であることも突き止めました。

 ペーボ博士は2022年にノーベル賞を受賞しました。現在、沖縄科学技術大学院大学の教授も兼任しています。「古代DNA」展でも冒頭のVTRに登場します。

 

 フローレス原人は、2003年にインドネシアフローレス島から、ほぼ全身の骨格化石が発見されました。大人になっても身長が100cm程と考えられることから「ホビット」の愛称で呼ばれます。脳の大きさは私たちの1/3程度でチンパンジーと同じくらいでした。にもかかわらず、石器を使って動物を狩り、解体し、火を使って調理していたようです。


 フローレス原人のDNAは、まだ解析されていないと思います。温暖で湿潤なインドネシアでは、DNAが残っていないからです。祖先は、誰なのか。どこから来たのか。なぜ小さくなったのか。まだまだ多くの謎が残されています。

           

 さて、デニソワ人です。どんな人たちだったのか、詳しいことは全く判っていません。なぜならDNA解析のみで発見された人類だからです。ペーボ博士の研究チームが2010年にネイチャーで発表しました。

 

 2008年にシベリア南部、アルタイ山脈山麓にある「デニソワ洞窟」で、米粒2つ分ほどの骨、おそらく子供の小指の先端と思われる欠片が発見されました。

 DNAを解析すると、現代人ともネアンデルタール人とも異なるものであることが判りました。骨格の証拠が全くないままに、新たな絶滅人類の存在を主張する論文は、世界で初めてでした。十分な化石がないので学名が付けられず、デニソワ人と仮に名付けられました。

 

 研究チームは、現代パプアニューギニア人の遺伝子の3~6%がデニソワ人由来であることを突き止めました。その他の私たちにも、1%未満ですが伝わっているようです。もちろん日本人にもです。

 まず、デニソワ人とネアンデルタール人の共通祖先と、私たちの祖先が分かれました。その後、デニソワ人とネアンデルタール人が分岐したようです。さらに、それぞれの間での交配が起こり、遺伝子が引き継がれたようです。

 

 これまで、デニソワ洞窟で見つかったデニソワ人の化石は、わずかに歯3本、小指の骨1本、頭蓋骨の欠片1つのみです。

 デニソワ洞窟以外では、中国のチベット高原で見つかった下あごの骨1つだけでした。しかしこの化石からはDNAが抽出されなかったため、骨に含まれるコラーゲンのアミノ酸配列を調べ、デニソワ人と推測しました。

 現代チベット人が高地に適応した性質を持っているのは、デニソワ人の遺伝子を引き継いでいるからではないか、と考えられています。

 

 冒頭で紹介した国際共同研究チームが分析した化石は、台湾の海底から発見され、2015年に台湾最古の人類化石として報告されていました。この化石でもDNAの抽出が試みられましたが、うまくいきませんでした。

 そして、今回は、タンパク質を抽出することに成功しました。タンパク質のアミノ酸を分析した結果、デニソワ人特有の配列が確認されたのです。

 化石が台湾にあったことで、デニソワ人がアジア南東部まで分布していたことが明らかになりました。

 

 DNA解析のみで発見されたデニソワ人。判っているのは、シベリアからアジアまで分布していたこと、その遺伝子が私たちまで受け継がれていること、そして下あごと歯の形。正体不明の古代人。顔の見えない人類なのです。どんな人たちだったのか、想像が掻き立てられます。

 

 見えない相手でも、想像することが大事だ。この文章も、皆さん一人ひとりの顔を思い浮かべながら書いている。ウソです。そりゃ無理無理。

や・そね

 

 

「台湾からデニソワ人—台湾最古の人類化石はデニソワ人男性の下顎骨だった—」           2025年4月11日 総合研究大学院大学プレスリリース

スヴァンテ・ペーボ(2015年)『ネアンデルタール人は私たちと交配した』 文藝春秋

日経サイエンス2010年2月号「フロレス原人の謎」

日経サイエンス2010年9月号「ネアンデルタール人は賢かった」

日経サイエンス2021年9月号「ゲノムで探るでデニソワ人の足跡」

日経サイエンス2022年12月号「絶滅人族のゲノム解読」

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8(2019年8月号)「デニソワ人化石をチベットで発見」

ナショナルジオグラフィックNews2019年4月15日

           「デニソワ人に別グループ、アジアでまた驚きの発見」

ナショナルジオグラフィックNews 2023年3月16日

            「ネアンデルタール人とは、どんなヒトだった? なぜ絶滅したのか」

 

 

 

なぜクマノミは、イソギンチャクに守ってもらえるのか

オジさんの科学vol.111 2025年3月号

なぜクマノミは、イソギンチャクに守ってもらえるのか

   

 オジさんが会社に入った頃は、ハラスメントという言葉など無かった。女子を怒鳴りつける上司、ひきつけを起こす女子、駆けつける救急車。電話で「ぶっ殺す」を連発する先輩。潰れるまで呑ませる局長。酔うと股間に手を伸ばしてくる部長。「きれいな髪だね」と後ろから触ってくる隣の部のディレクター。

 自分の身は、自分で守る。危ない人とは、距離感が大事。危険を察知すると、強い先輩の陰に隠れた。彼は、少林寺拳法の学生チャンピオンだった。

 

 自然界には、ハラスメント相談室も公益通報者保護制度もありません。そこで生き物たちは、様々な手を使って身を守っています。

 ディズニーアニメ『ファインディング・ニモ』のモデルとなった「クマノミ」の仲間は、外敵に襲われると有毒な触手を持つ「イソギンチャク」の中に逃げ込みます。この共生関係は、とても有名ではあるものの、なぜ成り立っているのか、なぜクマノミはイソギンチャクに刺されないのか、100年以上も謎でした。

 沖縄科学技術大学院大学とフランス国立科学研究センターの共同研究チームは、この謎を解き、今年2月に発表しました。

 

 研究チームは、イソギンチャクが「シアル酸」という物質に反応して刺すことを突き止めました。シアル酸は、ほとんどの生物に存在する重要な糖の一種です。イソギンチャクは、間違って自分を刺さないように皮膚の粘膜にシアル酸を持ちません。そして、クマノミの体表を保護する粘膜にも、シアル酸はほとんど存在しないそうです。

 

 子供のクマノミは、イソギンチャクと共生する準備ができていないため、シアル酸の値が他の魚と同じように高く、刺されてしまうそうです。

 逆にミツボシクロスズメダイは、幼魚の間だけイソギンチャクと共生できるそうです。ミツボシクロスズメダイの幼魚もシアル酸の値が低いことが判りました。

 

 クマノミがシアル酸の値をどうやって維持しているのか、2つの仮説があるそうです。一つは、粘液をつくる細胞がシアル酸を切断する酵素を多く作っているという説。もう一つが、粘膜にいる細菌がシアル酸を分解しているという説です。後者はクマノミと細菌の共生関係とも言えます。

 

 クマノミは、イソギンチャクによって守ってもらえます。では、イソギンチャクにはどんなメリットがあるのでしょうか。

 イソギンチャクの触手を食べるチョウチョウウオなどをクマノミが追い払う。クマノミが泳ぎ回ることでイソギンチャクが掃除される。クマノミの排泄物がイソギンチャクの体内に共生するプランクトンの栄養分になり、プランクトンがイソギンチャクに栄養を提供する、等々言われてきました。


 今年2月に大阪公立大学の研究チームは、「クマノミがイソギンチャクにエサを与え成長させる」と発表しました。

 研究は、クマノミにエサを与えた際に、イソギンチャクの触手にそのエサをつける行動を目撃したことから始まったそうです。研究チームは、8ヶ月間にわたり海中で実験と観察を行いました。その結果、次のことが確認されました。

 

 クマノミは雑食性、イソギンチャクは肉食の生き物です。クマノミにオキアミやイカ、魚、エビ、貝などを与えると、自分の口に入る小さなエサは食べていまい、大きい場合はイソギンチャクに与えました。

 小さな海藻などを与えた場合も、クマノミは食べました。しかし大きな海藻は、イソギンチャクには与えず捨ててしまいました。

また、小さなオキアミを繰り返し与えた場合でも、クマノミは満腹になるとイソギンチャクに与えるようになったそうです。

 

 研究チームが3ヶ月間クマノミにエサを与え続けたところ、クマノミがいるイソギンチャクは他と比べて大きく育ったそうです。

 イソギンチャクが大きくなるということは、クマノミを守ってくれる空間が拡大することを意味します。クマノミは、自ら安全な環境を作り上げていたのです。

 

 サラリーマンがハラスメントに立ち向かう時も、仲間が必要だ。いざという時のために、日頃から関係を強化し、備えなければならない。だからオジさんたちは、夜な夜な飲み屋で対策会議を開くのであった。

や・そね

 

<参考資料>

「解き明かされた海の謎:クマノミはなぜ宿主イソギンチャクに刺されないのか」 2025年2月15日

沖縄科学技術大学院大学プレスリリース

 

クマノミが選んだエサの積極的給餌はイソギンチャクの成長を支える」 

2025年2月21日

大阪公立大学プレスリリース

 

ナショナル ジオグラフィック日本語版WEBサイト 

2017年12月6日 Photo of the Day「持ちつ持たれつ」

動物大図鑑「クマノミ」(2025年3月21日閲覧)

スローモーションのように

オジさんの科学vol.110 2025年2月号

 

スローモーションのように

 


 集中力が高まって「ゾーン」に入った時に、ボールが止まって見えたり、一瞬の事がゆっくりと感じたりすると言う。オジさんは、そんな不思議な現象を子供の頃に3度体験した。最初が小学生の時、郡(田舎だったので)の陸上100mの試合。次が中学の校内陸上競技会の100m。最後は、高校の部活、バスケの練習で。

 それは突然来るのだ。他の選手の動きが、スローモーションのようになる。周りの動きをつぶさに見て取れるほど意識を巡らすことができた。ほんの数秒間が、何倍にも引き延ばされたようになる。でも自分の動きもスローモーション。意識だけが倍速回転している。ゆっくりと相手を追い抜いた。ヘボ選手だったけど、その時は少しまともに動けたみたいだった。

 

 交通事故の瞬間や高いところから落下するなど、突発的に危険な状況に陥った時にも、物事がスローモーションのように見えることがあると言われます。

この現象は本当に起こっているのか、錯覚なのか。アメリカの研究チームによる検証実験の結果が2007年に報告されました。

 

 実験参加者は、約31mの高さから落下する遊園地のアトラクションにトライしました。命綱をつけないバンジージャンプの様なもので、下には受け止めるネットが張ってあります。参加者は、腕に液晶ディスプレイを付けました。ディスプレイには、数字と背景が赤と黒で高速反転して表示されます。

 

反転スピードは、実験前に確認したぎりぎり読み取れる速さより、少し速めに設定しました。もし、落下中に脳の処理速度が上がっていれば、読みとれるはず。でも、失敗でした。

 この結果から、スローモーションに見える現象は、「恐怖や緊張によって出来事をはっきりと記憶する」という人間の特性によって引き起こされた一種の錯覚であり、本当にスローモーションになるのではない、と考えられるようになりました。

 

 しかし、この実験に千葉大学の一川教授らの研究チームは、疑問を持ちました。

 そもそも、落下中に腕のディスプレイを視るのは、むずかしい。また、遊園地のアトラクションでは、落ちてもケガをしない。恐怖を感じていなかったのではないか。しかも、この実験は1度しか試みていなかったそうです。

 

 そこで千葉大の研究チームは、別の実験を行いました。男女16名の大学生が参加しました。

 研究チームは、「危険と感じる画像」と「安全と感じる画像」をそれぞれ12枚用意しました。カラー画像を1秒間提示した後に、モノクロ化した同じ画像を、長さを変えて表示しました。その後、モノクロ画像が見えたかを尋ねました。その結果、危険と感じる画像では、時間が約10%長く感じられるという結果が出ました。

 2016年に「時間がゆっくり感じられることは、錯覚でないことを世界で初めて確認された」と発表しました。

 

 しかしその後、この実験では生き物など自然の画像を用いたために、それらが持つ特性(輝度、色彩分布)による影響を無視できないのではないか、という意見がでたそうです。

 危険と感じる画像の中には、ヘビもあったそうです。かつてオジさんの科学でも紹介したように、ヒトの脳はヘビに素早く反応するように進化しています。

 

 研究チームは、別の実験で再度検証を試み、2023年に『「ドキッ!」の瞬間、スローモーションで見える』は正しかった!という発表を行いました。


 今回は、ヒトの表情画像を用いました。男女それぞれ2名の「怒った顔」、「恐怖を感じている顔」、「喜んでいる顔」、「無表情な顔」を用意しました。フルカラーの顔の画像を1秒間見せた後、彩度を70%下げたちょっと薄い画像を見せました。この薄い画像を提示する時間を変化させ、彩度変化を感じ取れる最短時間を測定しました。

 その結果、恐怖や怒りの表情の時だけでなく、喜びの表情でも無表情と比べて短い時間でも彩度変化を感じられたそうです。また、顔の画像をさかさまにすると、この差はなくなったそうです。このことから感情によって時間間隔が変化することが判りました。

 

 そして、研究チームは、いよいよスポーツ選手などが「ゾーン」に入って感じるスローモーション現象の解明に一歩踏み出しました。今年1月、ゲームのプレー中に「ゾーンに入る」と主観的な時間が歪む事を確認した、と発表しました。

 

 目標達成に向けて自分の持つ技能を発揮し、自分の存在を忘れるほどに没頭した時に生じる「楽しさ」「ワクワク感」「充実感」などに代表される最適な心理状態のことを「フロー体験」と呼んだり、「ゾーンに入る」と表現したりします。フロー体験の特徴として、時間感覚が極端に大きく歪むことが知られています。

 数十分程度と思っていたのに数時間経っていたり、逆に一瞬のことが数十秒に渡って展開したりします。

 

 実験には20名の大学生が参加しました。15種類の短文(30文字程度)をできるだけ早くタイプして、高得点を目指すゲームを行いました。最初に1度練習し、その後3回トライします。参加者は、それぞれの回で打ち終わった後に、かかったと思われる時間の長さを申告します。同時にその時の心理状態が確認され、フローが体験されたかどうかを評価されました。

 

 実験の結果、時間が短く感じたケースと時間が長く感じたケースの両方が確認されたそうです。

 状況をコントロールできていないと強く感じている時や、課題遂行において目標に向かえていないと感じた時に、時間が短く感じられました。

 逆に、時間を長く感じたのは、気力の充実感が高かったと感じている時でした。

いずれの場合も、ゲームへの集中度が低い時には起こりませんでした。

 

  焦ると時間が足りなく感じられる一方で、楽しい時もあっという間に過ぎたりする。スローモーション感覚が発動するきっかけは何なのか。時間感覚に関する研究が、今後さらに進展することに期待したい。

スポーツの時に体験したスローモーション現象は3回だけだったが、仕事の時には度々あった。退屈な会議の時には、時計の針が進まなくなるのだ。

 

や・そね

 

<参考資料>

『「危ない!」の瞬間,全てがスローモーションで見える』は正しかった!強い感情が視覚の“時間精度” を上昇させることを世界で初めて確認(2016年5月23日)千葉大学プレスリリース

 

『「ドキッ︕」の瞬間、スローモーションで⾒える』は正しかった︕〜感情が視覚の“時間精度”を上昇させることを改めて確認〜(2023年2月13日)千葉大学プレスリリース

 

フロー体験中の時間の歪みの発生やその方向を決める要因を特定 ゲームプレー中の「ゾーンに入る」体験と時間の歪みの程度についての分析から確認(2025年1月27日)千葉大学プレスリリース

 

見える景色がスローモーションに感じる心理的時間とは?〜不思議な心の時間の歪み「タキサイキア現象」 (2023年12月18日)千葉大学ホームページ

 

「時間心理学」入門 Newton2025年1月号

 

腸内細菌は、脳に効く・・・かな?

オジさんの科学vol.109 2025年1月号

 

腸内細菌は、脳に効く・・・かな?

 

 ぐるっ、ぐるる。うっ。ウォーキングの最中にトイレを催した。たぶん寝る前に、一気飲みした冷たい牛乳のせいだ。牛乳、不得意じゃなかったんだけど・・・・。

 

 成人日本人の多くが、「乳糖不耐症」と言われている。牛乳などのいわゆるミルクに含まれる「乳糖」という成分を消化する酵素を持たない。その結果、乳糖が消化されないまま大腸に溜まってしまい消化不良や下痢などの症状を引き起こす。

 赤ちゃんの時は、ミルクからしか栄養を摂れない。だから、この消化酵素を持っている。それが、大人になると作れなくなるのだ。

 

 ところが、欧米人は、大人になってもこの酵素を持っている人が多い。古くから牧畜や酪農が営まれてきたため、この酵素を作る遺伝子を持った人が、進化の上で有利だったと考えられている。

 モンゴルの人たちは、わたしたちと同じアジア人で、この酵素を持たないのに乳製品をたくさん摂取する。彼らの「腸内細菌が消化を助けている」という仮説もある。

 日本人でも、牛乳が得意な人とそうじゃない人がいる。乳酸菌やビフィズス菌などの腸内細菌が多い人は、乳糖が分解されて、不快症状が出にくいと言われている。

 

 ルートを変更し、何とか家までたどりついた。危なかったが、セーフだった。

 あの日以来、お腹が本調子じゃない。牛乳へも敏感に反応するようになった。そこで腸内細菌を育成することにした。白米に、もち麦を混ぜることにした。さらに、整腸剤を飲んでみることにした。

現在は、「酪酸菌」、「乳酸菌」、「糖化菌」が含まれる「ビオスリー」を飲んでいる。これらの菌は腸内細菌の一種でプロバイオティクスと呼ばれる。

 

 腸には、およそ1000種類、100兆個もの細菌がいると言われる。人体の細胞数は約37兆個と推定されるので、私たちの腸には細胞以上の数の細菌が棲みついている事になる。食物繊維を分解するなど消化活動を助けたり、腸内環境を整えたり、蠕動(ぜんどう)運動を助けたりする。

「毎日1本ヤクルトを飲もう」と言われたものだ。乳酸菌シロタ株

 

 多種多様な腸内細菌は、「腸内フローラ」とも呼ばれる。フローラは、ラテン語でお花畑のこと。顕微鏡で観察すると、お花畑のように見えるらしい。

 「痩身治療(腸内フローラ移植)」という診療を掲げている病院もある。大腸などの病気の治療法として健康な人の腸内細菌を移植するもの。さらにマウスの実験などで肥満にも関係していることが判り、ダイエットとしても有効だと考えられている。

 腸内フローラ移植、とても美しい響きだ。「糞便移植」とも言われる。

 


 糞便移植が、がんの治療効果を向上させるという報告もある。ノーベル賞を受賞した本庶佑さんが開発した「免疫チェックポイント阻害薬」。この薬の効果がなかったがん患者に腸内細菌を移植すると、一部の患者で効果が出るようになったそうだ。

 

 このように、近年腸内細菌が果たす役割は、より多方面に渡ることが明らかになってきた。 

 腸内細菌は、睡眠にも影響している。免疫にも関わっている。持久力の向上に寄与する。アルコール中毒症状を回復させる。糖尿病の改善につながる。などなどと次々研究成果が発表されている。まだマウスによる実験段階のものも多いが、人間にも同様の効果や影響がある可能性が高いと考えられている。

 

 最近特に注目されているのは、「脳腸相関」だ。腸は第2の脳とも言われる。緊張するとお腹が痛くなるのは、脳で感じたストレスが脳と腸をつなぐ迷走神経を通じて伝わるため。

 腸内細菌は、うつ病などと関係するとも考えられている。国立精神・神経医療センターの研究によると、うつ病の人は健常者と比較してビフィズス菌や乳酸菌の数が少ないことが判った。

 また、うつ病に似た症状があるマウスにビフィズス菌や乳酸菌の一種を与えると症状が改善したという報告もあるようだ。

 

 森永乳業は、「加齢に伴い低下する認知機能の一部である記憶力を維持する機能性表示食品」として「メモリービフィズス 記憶対策サプリ」を販売している。「ビフィズス菌MCC1274」による効果だと謳っている。実験によって認知機能の改善が見られたとのこと。人の名前をなかなか思い出せないオジさんには、うってつけ。と思ったが、論文を読むと実験対象者は軽度認知障害が疑われる人々だった。

 名古屋市立大学は、ビフィズス菌MCC1274が、アルツハイマー症の原因と考えられるタンパク質「アミロイドβ」の沈着を抑えたり、脳の炎症を軽減させることを見出した。ただしこれは、マウスの実験によるものだ。

 


 また、名古屋大学などの研究チームは、レビー小体型認知症に腸内細菌が関係していると報告している。レビー小体型認知症は、アルツハイマー症に次いで多い認知症で、幻覚が見えたり、妄想に陥ったり、日中に過度の眠気を感じたりもする。

 

 産総研東京大学は、昨年12月「腸内菌が脳に果たす新たな役割を発見」と発表した。マウスを使った実験で腸内細菌のバランス改善するプロバイオティクスを与えることで、新しい神経細胞を作り出せることを発見した。与えたのは「乳酸菌」「酪酸菌」「糖化菌」のセットだそうだ。

 

 おやっ、と思った。ビオスリーと同じではないか。改めて発表を見ると、ビオスリーの製造販売元の東亜薬品工業が共同研究グループに入っている。

 お腹だけではなく、頭の具合も心配なオジさんは、しばらく飲み続けることにした。

や・そね

 

<参考資料>

「腸内細菌叢が糖尿病の発症に与える影響を解明」(2020年3月6日)京都大学島津製作所プレスリリース

「生きた植物乳酸菌がアルコール中毒症状を回復させる効果を発見 しました」(2020年4月10日)広島大学プレスリリース

ビフィズス菌A1(Bifidobacterium breve A1)が、軽度認知障害(MCI)の疑いがある方の認知機能を改善する作用を確認」(2020年12月2日)森永乳業プレスリリース

ビフィズス菌 MCC1274 はアルツハイマー病モデルマウスの記憶障害を予防した」(2022年1月19日)名古屋市立大学プレスリリース

「肥満・糖尿病を改善する腸内細菌発見」(2022年8月26日)早稲田大学プレスリリース

「野生型マウスにおいてビフィズス菌MCC1274の経口投与は、アルツハイマー病に関連する病態を軽減した」(2022年8月25日)名古屋市立大学プレスリリース

「腸内細菌の改善が認知症を予防する可能性」(2022年12月13日) 名古屋大学、岡山脳神経内科クリニック、岩手医科大学岡山大学プレスリリース

「悪玉脂質を産生する腸内細菌が肥満を悪化させる」(2023年1月18日)理化学研究所プレスリリース

「ヒト腸内細菌の1種が持久運動パフォーマンスの向上に貢献」(2023年1月26日) 慶應義塾大学順天堂大学、神奈川県立産業技術総合研究所青山学院大学、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ、科学技術振興機構プレスリリース

「腸内菌が脳に果たす新たな役割を発見」(2024年12月16日)産業技術総合研究所プレスリリース

 

Xiao et al.(2020)「Probiotic Bifidobacterium breve in Improving Cognitive Functions of Older Adults with Suspected Mild Cognitive Impairment: A Randomized, Double-Blind,Placebo-Controlled Trial」 Journal of Alzheimer’s Disease 77 (2020) 139–147

 

「腸内細菌はがん治療を強化できるか」NatureDigest2022年10月号

「マイクロバイオーム―人体に住む微生物」Newton2022年12月号

「なぜ人類は牛乳を飲み始めたのか、動物界では異例、いまだに謎」ナショナルジオグラフィックNews2023年9月19日号

JミルクHP(2025年1月21日閲覧)

森永乳業HP(2025年1月22日閲覧)