オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

世界一のシマシマ

 それは日本にあります。
 それは北海道にある幅100メートルの横断歩道、じゃありません。ギネス認定の世界一大きなシマシマパンツ、でもありません。世界一「正確な」シマシマなのです。

f:id:ya-sone:20190703103955j:plain

 シマシマがあるのは福井県だ。若狭湾国立公園の中に三方五湖という五つのみずうみがある。その中のひとつ「水月湖」にある。シマシマは湖底に降り積もった堆積物の層。毎年一枚ずつの層が七万枚残っていることが発見された。
 七万年前といえば、我々ホモ・サピエンスがアフリカを出て、世界に広がり始めた頃。
 このシマシマを見に上野の国立科学博物館にいってきました。

 

 

 その日はNHKと科学博物館がタイアップした「生命大躍進展」の最終日。大勢の科学少年少女やかつての科学少年少女、かつての科学少年少女に無理やり拉致されて連れてこられた文系少年少女や体育系少年少女で大盛況。シマシマの展示も、生命大躍進展とおなじ地球館のはず。

 なんせ世界一のシマシマ、大々的に展示されていると思っていた。ところがみつからない。地球館をくまなく探し、二周目でようやく発見。1階の展示場の裏のスペース、食堂に登る階段の脇あった。数枚のパネルと小型モニターの紹介ビデオ、そして写真が謙虚に展示されていた。大勢の科学少年少女やかつての科学少年少女、文科&体育少年少女には気づかれずに。

 

 水月湖シマシマを「年縞」という。年縞は木の「年輪」のようなもの。
 年輪は、その年の気候によって厚みに違いができる。ちょうどバーコードのそれぞれの線の幅が違うように。いくつもの木の年輪のパターンを重ね合わせ、つないでいくと長いバーコードができる。一万三千年くらい前までつながるらしい。
 古い建物や遺跡に使われた木の年輪を、そのパターンに照らし合わすと、切られた年が判る。
 水月湖の年縞はその5倍以上ある。七万年分の年縞あるのは世界でここだけ。だから世界一。

 

                     f:id:ya-sone:20190703104023j:plain

 1993年から始まったボーリング調査。パイプを差し込み、円筒状に水月湖の底の泥を抜き取る。 
 これの年縞を一枚いちまい数えるとナナマンマイ。順番に数えていけばその年稿が出来た年が正確に判る。20枚目はハタチのあなたが生まれた年の年稿。92枚目は関東大震災の年、433枚目は本能寺の変の年、1369枚目は大化の改新の年にできた年稿。卑弥呼が没した年の年稿も、稲作が日本で始まった時のも、世界初の土器を日本のどこかで誰かが発明した時のも、最後のネアンデルタール人が亡くなった時の年稿もみんな残っている。
 七万枚の年稿の厚さは45メートル。一枚平均0.64ミリ。毎年うちの本棚に積もる綿ぼこりの方が厚いかも。

  

 木の年輪は夏と冬の成長速度の違いからできる。水月湖の年稿は夏と冬の堆積物の違いからできる。夏は土やプランクトンの死がいなどが積もるから暗く黒に近い茶色、冬は鉄や黄砂などで明るく黄色みがかった灰色の縞模様になる。
 あなたは今、水月湖の底にいます。あなたの周りにプランクトンの死がいや黄砂がシンシンと積もります。しずかにしずかに、やさしくやさしく。ゆっくりゆっくり育てあげないと年稿はできない。

 

 そう、スイゲツコさんは箱入り娘なんです。
箱入り娘になれる条件は4つ。

 ①山々に囲まれて波立たない。家族が協力して世間の荒波から守ってくれる。

 ②流れ込む大きな川がない。スイゲツコさんには、隣にあるお兄さんの三方湖できれいにされた水がしずかに流れ込んでいるんです。

 ③低酸素のためみずうみの底に生物がいない。スイゲツコさんのところには、環境(水)をかき回す奴がいないんです。

 ④周辺に断層があり、みずうみがゆっくり沈んでいて、埋まらない。箱入り娘はゆっくり成長するんです。   

f:id:ya-sone:20190703104047j:plain       

 箱入り娘のシマシマ。このシマシマから大昔の気候や周辺の環境がわかる。
 シマシマと一緒に花粉や落ち葉も埋もれているから、昔のスイゲツコさんの周りの植物の種類がわかる。植物が分かると気候の移り変わりもわかっちゃう。
 黄砂の量を調べると、中国から黄砂を運んでくる偏西風の強さも推測される。
 火山灰も混じっている。火山によって火山灰の成分が違うからシマシマを調べると火山が噴火した年が判る。
 シマシマには周りより幅が広いところがある。洪水や地震が起きた年だ。地震によってできた厚い層は過去三万年間に12か所みつかった。約2500年に一度大きな地震が起きていることになる。

 

 いま、スイゲツコさんのシマシマは世界標準のものさしとして注目されている。
 世界中の遺跡などの年代を調べる方法として炭素14年代測定法がある。炭素14は自然界にほんの少し含まれる放射性物質。遺跡で発掘された木片や動物の遺骸に残された炭素14に量から年代が測れる。でも初めの炭素14の量によって誤差が出てしまう。
 これをスイゲツコさんのシマシマで修正する。シマシマに含まれる落ち葉などを炭素14年代測定法で測る。世界中の遺跡の炭素14年代測定法の値をシマシマの年代にあてはめるのだ。スイゲツコさんが世界の歴史を塗り替えるかもしれない。
 シマシマ、サマサマなのです。

 

 上野の帰りに立ち寄った老舗カレー屋、湯島のデリー。50年の歴史を積み重ねた日本インドカレーの原点。相変わらずの行列だった。レンガの外壁がシマシマに見えた。

 

  <オジさんの科学 vol.001 2016年1月号>           2016.01  や・そね