オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

鬼門の先

 上野公園は鬼門である。かつて上野寛永寺が、江戸城の北東にあったからではない。ボクは鳩が苦手なのだ。
 浅草寺に参拝するとき、仲見世から先は目をつぶって同行者に手を牽いてもらう。酉の市で有名な鳳神社の前で縁起を見ていたら、鳩に包囲されて身動きが取れなくなったこともある。
 上野の鳩の群れを回避しつつ、国立科学博物館を目指した。

 

 「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」研究会を傍聴してきた。3万年前の素材と技術で人類は台湾から沖縄に、そして日本列島に渡って来られたのか。実際に舟を作って実証しようという科学と冒険のプロジェクトだ。

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 いまの人類、ホモ・サピエンスが日本列島へ渡ってきたルートは3つある、と考えられている。はじめに朝鮮半島から九州に渡ってきたルート。これは今から3万8千年ほど前と考えられている。そして3万年前に台湾から琉球列島へ渡ってきたルート。もうひとつが2万5千年くらい前に樺太から北海道に渡ってきたルートだ。

 

氷河期には、地球上の水は氷河となり地上に蓄えられていたので、海の水は少なかった。対馬海峡は今よりずっと狭く、海を渡った証拠が揃っている。北海道へは地続きだったシベリアから樺太を経由して歩いてきたと考えられる。

 一方、台湾と中国大陸は地続きであったものの、そこから先は海が深い。地形が、いまとそれほど変わらなかった。島伝いに長い距離を舟で渡って来なければならない。しかも台湾の東岸を北上する流れの速い黒潮を、横断しなければならない。石垣島宮古島沖縄本島から人骨がいくつも出ているので、偶然漂着したとは想像し難い。

     

 国立科学博物館 人類研究部人類研究グループ長の海部陽介氏をリーダーとする様々な分野の専門家が集結、プロジェクトは結成された。
 資金はクラウドファウンディングで集められた。
 クラウドファウンディングのお礼のひとつが研究会への招待だった。
 人類学者、考古学者、旧石器時代の専門家、古代の海流の研究者、沖縄の研究者、草舟を製作する冒険家、シーカヤックの第一人者、与那国町の職員、海洋民族学者等々が集まっていた。

 

 台湾に一番近い島は与那国島。だがその距離は100km以上。黒潮も横断しなければならない。
 最初の実験航海では、今年の7月に与那国島から次の西表島への渡海にトライする。
 3万年前の台湾からは木を切り倒せるような斧が発見されていない。いかだも丸木船も無かったと仮定。葦船の様に草を使った舟を設定した。

 

f:id:ya-sone:20190719101255j:plain プロジェクトメンバーは与那国島で島を歩き、聞き込みをした。見つかったのがヒメガマ。水辺に生育するイネ科の植物で2mほどの丈になる。これを使って舟を作る。ヒメガマを束ねる紐の役割をするのはトウツルモドキ。長いもので15mになるという。これは与那国島のオバアに教えてもらったそうだ。
 現在予定している舟は全長約7m、幅1~1.2m。これを6人で漕ぐ。
 3万年前には布を織る技術はなく、ちゃんとした帆は作れなかった、と考えられる。基本動力は人力だ。

 

 西表島までは2~30時間かかると想定している。飲まず食わずでは行けない。まず絶対に必要なのは、水だ。一人当たり10リットル以上と想定される。何に入れて持っていくか。
「ひょうたんに入れていけば」
「ひょうたんは出土していない」
「ヤギ一匹丸々の革袋を作ればいい。与那国にはたくさんいるし」
「いや、当時ヤギはいない」
「ブタの膀胱はどうだ」
「イノシシならいた。ありえるかも」
「・・・ちょっとやだなぁ」

 

 食料に関してもいろいろなアイディアが出された。近海の小魚は採れていたらしい。
「小さいマグロとか」
シャコガイの干物なんてどうだ」
「バナナはあったかも」
「バナナ・・・・バナナいいねぇ」

 

 その他にも解決しなければならない課題は多い。
 南洋の直射日光をどう遮るかを考えなければならない。布がないから、服は着ていなかったと思われる。
「毛皮をなめしたものなら当時でもあったはず」
「いや、それは暑いだろう」
「アダンの葉を編んだらどうだ」
「扇の様なクバの葉で蓑をつくたらどうだ」
「男女一人ずつは丸裸で挑戦した方がいいんじゃないか」
「とはいえライフジャケットは必ず付けないとだめだな」
課題は尽きない。

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 二日間の議論の最後に台湾から与那国島は見えそうだ、との情報が入った。
 与那国島からは、4,000m近い山がある台湾は見える。一方で与那国島は東西12km、南北4km。標高は231m。これまで台湾から見えるという情報は無かった。
 見えない島に向かって航海を始めるだろうか。
 確定情報ではなかったが、台湾の高い山からなら可能性があるということだった。

 

 遠い昔、山の上から海の彼方に島を見た人がいた。その話を信じて海に漕ぎだした人々がいたのだ。3万年前の大航海だ。
 琉球列島は台湾から北東の方向に連なる。どんな魑魅魍魎が居るか、どんな試練が待っているかわからない。鬼門の方角に人々は舟を漕ぎだした。

 

ノアは鳩がオリーブの葉をくわえてきたのを見て、陸地を知った。3万年前、日本に渡ってきた人々は新しい島にどんな希望をみたのだろう。

 

オジさんの科学vol.006 2016年6月号                               2016.06.29 や・そね

 

※この文章は2016年に書いたものです。「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」の皆さん、台湾~与那国島の渡海成功おめでとうございます。