「すず」と、カミさんはよく話している。
「ニャー」
「なに、いま夕ご飯作ってるからちょっと待っててね」
「ニャー」
「おなか空いたの?」
「ニャー」
「ちょっと待ってて」
「ニャー」
「・・・・・・・」
「ニャー、ニャー、ニャー」
「うるさい。待ってなさいって言ってるでしょ!」
すずは、すごすごとキッチンから出てきた。
すずとは、ウチの「さびネコ」小鈴のことである。
さびネコはよくしゃべると言われる。
「しゃべりネコ」→「しゃびネコ」→「さびネコ」となったという。
ウソです。
漢字では「錆び猫」。毛の色が茶と黒の二色で鉄錆のようだから。英語では「トータスシェルTortoiseshell(べっ甲)」というそうだ。たしかにべっ甲色に見える。英語の方がかっこいいなぁ。
ちなみに、三毛猫と同じでほとんどがメス。茶と黒の毛並みにする遺伝子は性染色体Xの上にあり、二つの色を出せるのはXX染色体を持つメスだけだから。
小鈴は、御歳13歳のお姉さんである。
最初に来た時は手のひらに載るほどの大きさだった。すばしっこくて、すぐに居なくなってしまうので首に鈴をつけた。
当時、ビックコミックオリジナルに連載されていた村上もとかのマンガ「龍(ロン)」の主人公の憧れの人に、ちなんで名づけた。 小鈴は、御歳13歳のお姉さんである。ウチに来た時は手のひらに載るほどの大きさだった。すばしっこくて、すぐに居なくなってしまうので首に鈴をつけた。
ネコ同士は、音声によるコミュニケーションをほとんど使わない。もっぱら仕草と匂いを使う。声を出すのは、威嚇する時や求愛の時。そして子ネコが母親にねだる時などに限られている。
人間は匂いに鈍感なので、声を出してコミュニケーションしてくれるそうだ。
英国ブリストル大学の動物行動学者ジョン・ブラッドショー博士によると「ネコは人間を、匂いは判らなくても大きなネコだと思っている」らしい。
しかも匂いが判らないからといって、馬鹿だと思っているわけでもないという。ネコは自分より劣っているネコにはすり寄らないそうだ。
博士は「ネコは飼い主を代理親と思っている」と推測している。
「お母さん、おなかがすいた」
「お母さん、抱っこして」
「お母さん、顔をマッサージして」
オス猫は子育てをしない。親と言えば母親なのだ。カミさんも自分のことをすずの「お母さん」と呼んでいる。
「お母さんは今忙しいの!」とか。
ネコは女性になつくと言われる。非常に耳が良く、ネズミなどの鳴き声に反応できるように、人間では無理な高音まで聴きとれる。
ヒトの男性の様な低い声は、威嚇して唸る時以外は出さない。
自分の声に近い高音の女性の声に反応するようだ。
ブラッドショー博士は、飼い主との間のニャーは「ネコと人間の万能の『言語』というよりも、個別に学習された関心を求める音声」だと言っている。
ネコは、声を出して何かを要求し、たまたま飼い主がそれに反応した時の様子を学習している、というのだ。
だから「飼い主との間でやりとりされる、そのネコ特有のものなので、他の人間にはほとんど意味をなさない」とも。
一方ナショナルジオグラフィックによると、スウェーデンのルンド大学の音声学者スザン・ショッツさんは、ネコとの音声コミュニケーションの研究を立ち上げた。
ネコの鳴き声にはさまざまな意味があるのか、飼い主の話しかけ方に応じて違った鳴き方を示すのかを研究する。
ネコ語に方言があるか、も研究するそうだ。
ショッツさんの研究によってネコ語の体系が解明されるのか。それともブラッドショー博士が言うように猫のおしゃべりは学習効果なのか。
DNAにより、ネコの起源はアフリカのリビア山猫であることが証明されている。人間と付き合うようになってから1万年と言われている。キプロス島の9千5百年前の遺跡から人間と一緒に埋葬されたネコが発掘されている。
山猫は犬や人間と違って群れない。狩りをするのも単独だ。威嚇や求愛時以外に普段のコミュニケーションは本来必要なかったはずだ。
ネコ語があるとすれば、1万年の間に進化したということだ。
また、学習効果だとしても、1万年の間にネコと人間は、互いに相手の意図を察し学びあう関係を構築したことになる。アリとアブラムシや蝶と花のように異なる種同士が一緒に進化する「共進化」が起こったとも考えられる。
すずは、年々賢くなる。
バルコニーに出たいとき、全く逆方向の和室にまで呼びに来る。
「ニャー(こっちに来て)」
「ニャー(ガラス戸を開けて)」
「ニャー(はやくぅ)」
要求するだけはない。気が向いた時は、呼ばれると返事もする。
今年(2016年)の6月に、ネコは本能的に物理法則を理解している、という研究成果が発表された。
京都大学大学院生の高木佐和さんは鉄のボールなどを入れた箱を使って実験を行った。ネコは箱の中に何かが入っていると音が鳴るということを理解していることがわかった。
原因と結果の関係を理解できるということ。音声によるコミュニケーションによってもたらされる成果をネコは知っているのだ。
「すずの声が聞こえないね」
「どこにいる?」
「いた。和室」
「何してる?」
「寝てる」
すずは、夫婦の話材だ。ネコのおかげで人間同士のコミュニケーションも増える。
ネコは、かすがい。
オジさんの科学vol.007 2016年7月号 2016.07.24(2019.07.22改)