ヘビが脳の進化を促した
オジさんたちには、研ぎ澄まされた危機察知能力がある。難しい仕事、面倒な得意先、突然の残業、そして肩たたきに忍び寄る上司の気配をいち早く感じとり、回避する。
なんとなくヤバそうな時は、とりあえず逃げる。貧乏くじを引かされた若者たちには悪いが、敬老の精神で我慢して欲しい。
元々ヒトには不正確な情報から、敵を素早く察知する能力が備わっている。しかもより危険度が高いほどこの能力が発揮されるように進化したらしい。
10月(2016年)に発表された名古屋大学の川合伸幸准教授らのグループの研究でわかった。
では、問題です。
上の二つの写真にはそれぞれ別の生き物が写っています。わかりますか。
川合准教授らは、見にくい状況下において、ヘビ、ネコ、鳥、魚のどれをすばやく認識できるか実験した。
元の写真に5%刻みでノイズを混ぜた一連の画像を作った。95%から順にノイズを減らした写真を学生たちに見せていき、どの段階で判別できるかを調べた。
その結果、ヘビは他の生き物と比べかなりノイズが多くても見分けられることが判った。
上の写真は60%ノイズの画像です。左がヘビ、右はネコです。実験では、ヘビの正答率は約90%以上、ネコは70%ほどでした。
人類を含む霊長類の祖先が樹上で生活している時、唯一の敵はヘビだった。ヘビは身を潜め、近付いてくる獲物を待つ。祖先は、葉っぱ等にカモフラージュしたヘビを見破る能力を発達させたようだ。隠れたヘビをすばやく察知する力、危機管理能力に優れたものが生き残った。
生まれてから一度もヘビを見たことの無くても、サルや人間の子供はヘビの写真を素早く見つけられることが判っている。
米国カリフォルニア大学の人類学者リュイヌ・イズベル教授は、霊長類はヘビを見つけ出すために脳を大きく発達させたという「ヘビ検出理論」を2009年に発表した。
霊長類は、ヘビに対して敏感に反応する脳の領域が発達し、恐怖を感じる部位に素早く情報が伝達される経路が確立されたと思われる。
確実にヘビだと認識できなくともよい。ヘビの様なものが見えれば逃げればいいのだ。
昔、サザエさんのマンガに、ヘビだと思ってびっくりしたらヒモだった、なんていうのがあった(ような気がする)。ヘビらしきものには、とにかく反応する。
厳密さよりも素早さを優先したのだ。
ヒトの大雑把さをコンピューターに応用する
危機的な状況以外の時にも、素早さが必要とされることがある。
人混みの中で知合いをみつけるのに、一人ひとりの顔を見比べたりしない。それらしい人を適当に探し、その後あらためてじっくり見る。
名古屋大の発表と同じ日の日経新聞に「大まかでも速ければOK 右脳型AIに注目」という記事が載った。
AI(人工知能)も大まかなデータ処理で素早く計算できるようになれば、大型コンピューターがいらなくなる。大雑把や「いいかげんさ」をAIに持たせる研究に注目が集まっている。
日本IBMと東京大学が開発中のAIは、ほとんどコンピューター内で計算をしない。ときには間違って答える。
従来のコンピューターはそろったデータを大量に計算して厳密な答えを出す「左脳型」。そこに「大まかでも、目の前の現状を判断できる右脳の機能をコンピューターに足す」のが目標だそうだ。
たとえば、街中の監視カメラで動いたものを逐一中央のサーバーで解析すると、計算量は膨大になる。まず「人」「イヌ」などと大雑把に分けてから「人」だけ詳しく解析すれば、不審な人物を絞り込みやすい。
将棋のプロ棋士は、局面を見たときに直感的に戦略を決定し、その後指し手を検討する。理化学研究所の研究によって、守るべきか攻めるべきかという戦略決定と、具体的な指し手は大脳の別の部位で考えられることがわかった。
NECも大阪大学と「脳型認知マシン」と呼ぶAI技術の開発を始めた。「世界トップレベルの日本の脳科学を生かせば、研究をリードできるはず」と考えている。
ヘビを素早く検出する脳機能の研究は、大雑把AIの開発に役立つだろうか。
オジさんたちの得意技は、研ぎ澄まされた危機察知能力だけでない。大雑把な仕事にも長けている。少ない情報からでも素早く直感的に判断し、全体の方向性を決めたら後はよろしく、だ。
社内におけるオジさんたちは、まるで最先端のAIの様に機能している。
オジさんたちの脳機能の研究こそ大雑把AIの開発に必要なのではないだろうか。
オジさんの科学vol.011 2016年11月号
2016.11.19(2019.08.05改) や・そね
プレスリリース『ヒトの視覚システムはヘビのカモフラージュを見破る』
2016年10月27日 名古屋大学 より