オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

ナノカーなのだ~

オジさんの科学vol.020 2017年8月号(2017.08.20作成2019.12.09修正)

 今年(2017年)の「インディ500」は、佐藤琢磨が日本人で初めて優勝を飾った。インディ500は世界三大レースのひとつと言われるカーレース。アメリカのインディアナポリスにあるコースを使い、500マイル(約805km)で競う。平均時速は350kmを超える。1911年に始まった歴史あるこのイベントは、アメリカンモータースポーツの典型と言われる。

 

f:id:ya-sone:20191209143138p:plain


 ネイチャーダイジェストの7月号にインディ500とは真逆のレースの記事が載った。世界で初めて行われた世界最短のレースだ。

 タイトルは「世界初のナノカーレース開催!」。

 このレースは100ナノメートル(=1万分の1mm、髪の毛の太さの1/800位)の距離で競われた。

 会場はフランスのトゥールーズ。インディー500になぞらえて名づけるなら、「トゥールーズ161億分の1(マイル)」。

 ネイチャーの記事に朝日新聞毎日新聞日刊工業新聞、ネットの情報を加え、レースの概要をまとめてみた。

 

 エントリーしたのはフランス、ドイツ、スイス、アメリカ、日本の5ヶ国の単独チームとアメリカ・オーストリアの合同チームの計6台。日本チームは、つくば市にある物質・材料研究機構国際ナノアーキテクトニクス研究拠点(長くてなんだか難しそうな名前)のグループが参戦した。
 マシンは「ナノカー」と呼ばれる分子の車。日本チームのマシンは、炭素、酸素、水素の原子88個を組み合わせて作られている。
 コースは、フランス国立科学研究センターの材料精密化・構造研究センター(こちらも長い)にある超精密顕微鏡の先端に設営された。

 

 あまりにも小さすぎるので、ここからは10億倍に拡大してお伝えしよう。
 見わたす限りの金のフィールド(10億倍視点です)。そこに並んで掘られた溝が、それぞれのマシンのトラックとなる。
 コースはまず20m(実際はこの10億分の1です)の直線から始まる。約40度の第一コーナーを右に曲がると50m(実際は10億分の1)の直線だ。第二コーナーを左に折れると20m(の10億分の1)の最後の直線に入る。全長100m(しつこいけど、実際は10億分の1)のジグザグなコースだ。金の表面はマイナス268℃の超低温。約1/100気圧に保たれている。

 

f:id:ya-sone:20191209144258j:plain スタートラインに登場した日本チームのマシンは長さ2.1m、幅0.93m(実際は10億分の1)。
 車輪は無い。平たいボディーの後ろにある尾びれ状の部分をバタ足のように動かすみたいだ。コクピットも無い(そりゃそうだ)。ドライバーは細い金属の針の先から電子パルスを送り、マシンを動かす。1回のパルスでうまくいけば30cm(実際は10億分の1)ほど進む。ゴールまでに数百回のパルスを送らなければならない。針の先でマシンを押してはいけない(反則!)。

 

 コースを最も早く走りきったチームが優勝。どこも走りきれなかった場合は、制限時間29時間のうちに最も長い距離を走ったチームが優勝となる。
 マシンの挙動は、製作者にも正確には予測がつかないらしい。
 車輪状の形をしたマシンもあるが、回転することにより進むのか、ただ滑るだけなのかもわからない。
 主催者のフランス国立科学センターのヨアヒム上席研究員は「参加者は、多くの障害に直面するでしょう。最も難しいのは2つのカーブを曲がることかもしれません。何回か再スタートが必要になるでしょう」と語る。

 

 4月28日現地時間11:00にレースが開始された。
 優勝は、シンプルな構造で着実にレースを進めたスイスチームだった。6時間でゴール。
 2位は大きな車体で、脱輪しながらも43m(実際は10億分の1)を走ったアメリカチーム。
 3位は、分子を配置する条件が悪く、本来の四分子集合体でなく、三分子集合体で戦い、11m(実際は10億分の1)走ったドイツチームだった。
 フランスチームは最も車らしい4輪のフォルムだったが、スピンしてスタートできず。
 そして日本チームはレース開始直後に1m(実際は10億分の1)進んだが、制御PCのトラブルやナノカーの破損により、残念ながら途中棄権となった。あきらめずに復旧作業を続けたことにたいし、「フェアプレイ賞」が贈られた。

 

 そしてもう一台、異なる条件で走るマシンがあった。世界で初めてナノカーを開発したライス大学のジェームス・ツアー教授が参加するアメリカ・オーストリア合同チームには、ハンディが付けられたのだ。 
 金表面では速すぎるため、動きが抑えられる銀表面を150m(実際は10億分の1)走るという特別ルールで参戦した。それでも圧倒的な速さでゴールし、ゴール後も走行を続け29時間の走行距離は約1km(実際は10億分の1)に達した。

f:id:ya-sone:20191209144803j:plain

 この大会にはスポンサーとして、仏大手タイヤメーカーのミシュランがついた。また、各国の自動車メーカーも自国チームを応援した。日本チームはトヨタ、ドイツチームはフォルクスワーゲン、フランスチームはプジョーがそれぞれスポンサーにつき、本物のカーレースさながらとなった。

 

 昨年(2016年)10月に発表されたノーベル化学賞は、「分子マシンの設計および合成」により米仏の3氏に与えられた。今回のナノカーの技術もノーベル賞受賞者の研究から連なるものだ。
 ミクロの決死圏のように人は乗れないが、遠隔操作でがん細胞を攻撃するトヨタ製のナノマシンが体内を疾走する日が来るかもしれない。

                                    以上