オジさんの科学vol.022 2017年10月号
(この文章は2017年10月に書いたものを、2020年1月にアーカイブしました)
仕事中、地震でも無いのに揺れを感じることがある。ハンプティダンプティの様な同僚が、脇を通り過ぎるところだった。ハンプ君の推定体重は160kgだ。
言っておくが、オジさんの会社は昭和初期に建てられた木造校舎では無い。最新の耐震装置を備えた地上39階建の高層ビルだ。
げに恐ろしきは巨大生物なり。ゴジラが海に出現すれば、大きな波が打ち寄せる。アクアラインも壊れてしまう。上陸すれば、歩くたびに地響きがする。
もっと大きな物体が動くと発生するのが「重力波」だ。孫悟空が撃つのはカメハメ波、キングギドラが放射するのは反重力光線だ。
理論上どんな物体が動いても、重力波は発生する。オジさんもカメハメ波は撃てないが、重力波は発生させているのだ。ただあまりにちいさくて検出できないだけだ。
2017年度のノーベル物理学賞は、「重力波の検出」に決まった。
一方ドラゴンボールが漫画賞を受賞していないのは、マンガ界の七不思議の一つである(ウソ)。キングギドラは未だに日本アカデミー賞を受賞していない。
東京天文台のホームページを見ると重力波とは「光速で伝わる時空のさざ波」と書いてある。
アインシュタインが一般相対性理論において、予言した。しかし本人は存在を疑っていた。もしあったとしても、あまりに小さすぎて検出できないだろうと言っていたそうだ。
地震波は、地殻やマントルが歪んだり、伸縮して伝わる。重力波は、空間自体が歪んだり、伸縮したりして伝わる。
「重力波は質量を持った物体が加速度運動することで放射されます。しかし観測できるほどの大きな振幅の重力波を発生させるには、高密度で非常に大きな質量の物体が加速度運動する必要があります」とも書いてある。
2つの中性子星やブラックホールが互いの周りを猛スピードで回っている時や、それが近づき過ぎて衝突合体する時、超新星爆発の時などに大きな重力波が発生すると考えられる。
2015年9月14日、世界で初めて重力波は検出された。
公表されたのは2016年2月11日。一般相対性理論が発表されたのは、1916年。ちょうど100年後だった。アインシュタインの負けだ。
5ヶ月間の分析の結果、この重力波の発生源は2つのブラックホールが衝突合体したものと判った。地球から13~14億光年離れたところで、太陽の36倍の質量をもったブラックホールと29倍のブラックホールがぶつかった様だ。36+29はふつう65になる。ところがこの場合、合体したブラックホールの質量は太陽の62倍しかなかった。太陽3個分の質量が一瞬のうちにエネルギーに変換され重力波として放出された。
広島型原子爆弾で消えた質量は約7gと推定されている。太陽って何gあるんだっけ?
合体した瞬間に放出されたエネルギーは、「全宇宙の星が放つ光を合算したパワーの50倍にも相当する」と日経サイエンスに書いてあった。どんな計算なのか、どのくらいなのかピンとこないが、もの凄い。
ハマちゃんとみち子さんが合体した結果、鯉太郎が生まれた。ブラックホール同士の合体では重力波が生まれることが確認された。
凄いエネルギーでも13億光年も旅するうちに弱まってしまう。
今回の重力波による空間の伸縮は10-21m。地球と太陽の距離(1億5,000万km)の空間が、水素原子1個分(約1,000万分の1mm)伸び縮みした。ちいさーっ。
それを捉え、検出したのは米国のレーザー干渉計重力波望遠鏡LIGO(ライゴ)だ。南部のルイジアナ州と西海岸北部ワシントン州の2ヶ所に、同じ装置が設置されている。
LIGOは4kmの真空のパイプがL字型に直角につなげられたどでかい装置だ。ハンター×ハンターのモウラのパイプもでかいが、LIGOのパイプは巨人の喫煙具ではない。
パイプの中にレーザー光を飛ばすと、レーザー光は途中2つに分割され、L字パイプのそれぞれを走る。先端には鏡があり、レーザー光は反射する。パイプを何往復化し、数10kmしたところで二つのレーザー光を合わせる。このときに空間に歪みがあれば、二つのレーザー光がずれて干渉パターンが生じる。
2017年、3kmのパイプを持つ重力波望遠鏡VIRGO(バーゴ)がイタリアのピサ市近郊で稼働した。
そして日本でも重力波望遠鏡KAGRA(かぐら)が近々本格稼働する。ニュートリノ振動でノーベル賞を受賞した東京大学宇宙線研究所の梶田所長をリーダーとして建設が進んでいる。
場所は奥飛騨の神岡鉱山の地下200m、スーパーカミオカンデの近くに岩盤をくりぬいてつくられている。神岡の「KA」と重力(Gravity)の「GRA」を合わせてKAGRA。
パイプの長さは3km。LIGO、VERGOと違い、地下にあるためノイズが入りにくい。また超低温に冷やすことで感度を上げている。
これらが、同時に稼働することで、重力波の発生源の特定精度が上がる。可視光線の望遠鏡でも、電波望遠鏡でも、ニュートリノ望遠鏡でも見えないブラックホールを重力波望遠鏡は見ることが出来る。
これまでとはまったく異なる宇宙の姿が見えてきそうだ。宇宙誕生の謎の解明なども期待できる。
会社も表面上は、大概穏やかだ。しかし注意深く観察していると、普段と異なる様相が見えてくる。
ハンプ君が動くと発生するのは揺れだけでは無い。真夏日に、彼はエアコンの室内設定温度を下げにかかる。すると、すかさず女子連中は設定温度を上げに走る。ハンプ君VS女子のちいさなさざ波が立ち始める。
2017.10.15 や・そね
【補記】
1.3億光年先の中性子星同士の合体による重力波をLIGOとVERGOが検出したと、2017年10月16日に発表された。同時に米航空宇宙局(NASA)の天文衛星フェルミ望遠鏡も、中性子星の合体時に出るとされるガンマ線の爆発現象を捉えた。
さらに国立天文台のすばる望遠鏡など全世界で70以上の天文台が、重力波が来た方向から、合体時に出た光を観測した。この光は金や白金などの鉄より重い物質が合成されたことを示していた。