オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

ヒートショックで身体を守る

 


 オジさんの科学vol.024 2017年12月号

(2017年12月に配信した文章を、2020年2月に微修正しアーカイブしました)

 

 寒さに弱いオジさんにとって「ヒートテック」の下着は冬の必需品だ。そこから、何の関係もない「『ヒートショック』プロテインHSP)」の紹介を思いつきました。

熱ショックタンパク質とも言われます。

 

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 1962年、ショウジョウバエの飼育温度を上げ、42~50℃にすると増加するタンパク質が発見された。それがHSP

大腸菌から人間まですべての動物が持っていることも判った。

 熱以外にも重金属、活性酸素、医薬品、アルコール等様々なストレスでも増える。精神的なストレスにも反応することが判っている。

 

 37℃で培養している細胞の環境を一気に45℃にするとほぼ死滅してしまう。ところが一旦42℃でしばらく培養してHSPを増やし、その後45℃にするとほとんどの細胞が生き残った。

 HSPは様々なストレスから細胞を守る働きをしている。

 胃潰瘍を抑制するとも考えられている。その他にもHSPを増やすことによって、アルツハイマー症やパーキンソン症、白内障などタンパク質の異常によっておこる病気の改善が図れるのではないか、と期待されている。免疫を活性化したり、炎症を抑える働きもあるらしい。

 

 HSPは美容にも効果があるようだ。

 普通のマウスに紫外線を当てると、皮膚が厚くなったり炎症を起こしたりする。ところがHSPをたくさん作るマウスでは、そのようなことがほとんど無かった。

 また別の実験では紫外線を当てても、HSPマウスではメラニンの生成量が増えないことが判った。シミの生成を防ぐ効果もあると考えられる。

 さらに、紫外線による両者の肌の張りの変化を調べた実験では、普通のマウスでは肌の張りが損なわれたが、HSPマウスではそれが無かった。シワにも効くらしい。

 現在HSPの増加させる成分を加えた化粧品の研究が進んでいる。すでに熊本の某通販化粧品会社は、商品化しているようだ。ドモホ・・・・。

 

 では、HSPはどうやって細胞を守っているのだろうか?

 

 普通、温度が上がると細胞の中のタンパク質は変形し、元々持っていた機能を失ってしまう。ゆで卵は熱によりタンパク質が固まってしまったもの。冷ましてもゆで卵が生卵に戻る事はない。

 固まってしまう様子を図式化してみた。

 

 タンパク質は、アミノ酸がたくさん結びついた長い紐が複雑に折りたたまれて、立体的に形作られている。

 アミノ酸には、水を嫌うシャイな種類がある。シャイなアミノ酸は、水に触れないようにタンパク質の奥に隠れている。(①)

 ストレスを受けるとタンパク質が変形し、シャイな部分がむき出しになったりする。(②)f:id:ya-sone:20200202115337j:plain

 するとシャイな部分同士が集まって水から隠れようとする。その結果、タンパク質が集まり固まってしまう。(③)ゆで卵がこれだ。

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 ところがHSPを加えた卵白は、凝固し始める温度以上に熱しても白濁しなかった。

 タンパク質が変形して水を嫌う部分がむき出しになると、すぐにHSPがその部分を覆って固まるのを防ぐ。(④)

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 HSPにはタンパク質の形を元に戻す働きもある。突いたり引っ張ったり、穴を通したりして変形したアミノ酸の紐を元通りの形にする。

 それでも再生できないタンパク質は分解されて、別のタンパク質の材料としてリサイクルされる。分解されるタンパク質の選別にもHSPが関与している。

 さらにタンパク質が組み立てられる時にも、途中で水を嫌う部分同士がくっついてしまわないように部品カバーとして働く。

 それ以外にも他のタンパク質が移動する手伝いをしたり、炎症を押させるホルモンの手伝いをしたりもしている。

 体中のいたるところでHSPは活躍しているのだ。

 

 現在HSPは100種類以上も発見されている。代表的な「HSP90」は全タンパク質の2%も存在する。タンパク質は全部で3,000種ほどある。すべてのタンパク質の量が均等だとすれば1種類あたり約0.03%だから、HSPは極端に多いと言える。


 あらかじめ弱いストレスを与えてHSPを増やしておけば、次に強いストレスを受けた時に活躍できる。

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 こんな実験もある。マウスを42℃のお湯に5分間入浴させると、HSPが増える。このマウスと、37℃のお湯に入れたマウスを比較した。

両者に紫外線を当てる実験を、週3回10週間行った。その結果37℃のマウスでは肌の張りが減りシワが増したが、42℃のマウスではあまり変化が見られなかった。

 42℃と言えばちょっと熱めのお風呂の温度だ。日本人の肌がきれいなのは毎日お風呂に入るからではないか、という説もある。

 

 ただし冬の入浴時には、もう一つの「ヒートショック」に気をつけよう。暖かい部屋から寒い脱衣場に行き、急に熱いお風呂に入ると血圧が急激に変化し、脳卒中心筋梗塞のリスクを高める。これもヒートショック。脱衣所や浴室を暖かく保つ、かけ湯をする等の対策が有効だ。

 ヒートショックに気をつけてお風呂に入る。単に体が温まるだけではなく、HSPが増える。お肌に良く、抵抗力も増す。そしてヒートテックを着てぐっすり眠るのだ。

 

参考資料:『HSPと分子シャペロン』水島徹 2012年 講談社BLUE BACKS