オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

下手は伝染(うつ)るんです

オジさんの科学vol.030 2018年6月号

(2018年6月に配信した文章を、2020年3月に微修正しアーカイブしました)

 

 上手い人と一緒にゴルフすると、いいスコアが出ると言われる。ボクにも経験がある。上手い人たちは林の中でのボール探しやOBの打ち直しが少なく、リズムよく回れるから。上手い人たちに迷惑をかけちゃいけないからと、丁寧にラウンドするから。等々の理由が挙げられる。
 一方で下手の横好きのオジさん同士だと、いつまでたっても上達しない。
 オジさんたちの間に流行っているゴルフ下手菌の正体を解明しようと調べてみた。

  独立行政法人情報通信研究機構(現国立研究開発法人情報通信研究機構NICT)が2014年に発表した研究があった。
 タイトルは「下手な人を見たら、自分も下手になったエキスパート」。NICTがフランス国立科学センターと共同で行った実験だ。

 

 ダーツのエキスパートに、素人がダーツを投げているビデオを見せる。ダーツの軌道やダーツボードは見せない。「素人は的の中心を狙って投げている」という情報を与え、ダーツがどこに当たったか予測してもらう。その後毎回答え合わせをする。
 最初は的中場所を正確に予測することは出来ないが、徐々に精度が上がって行く。
 予測の前後でエキスパートにもダーツを投げてもらった。予測能力が向上すると、成績は悪化した。

f:id:ya-sone:20200321114423p:plain

 さらにもう一つの実験を行った。同じようにビデオを見せ予測を行ってもらった。しかし、事前に素人が中心を狙っているかは知らせず、答え合わせもしなかった。こちらの予測能力は向上せず、成績も変化がなかった。

 

 他人の動作を予測する場合にも、自分が動作する時と同じように脳が働くみたいだ。
 レポートにはイチロー選手の言葉も載っていた。「自分のバッティングに影響するため、下手な人のバッティングは見たくない(2007年6月19日夕刊フジ)」。

 

 オジさんたちは、ゴルフの技術が未熟でも評論は得意である。自分より上手な人にすらアドバイスしようとする。「体が開いてるんだよねぇ。だからスライスして右に曲がるんだよ」「明治の大砲で右足に重心が残っているよ。だから飛ばないんだよ」「体が回ってないよ。だから左に引っ掛けるんだ」。
 オジさんたちよ、その予測と答え合わせがあなたの脳内に下手菌増殖回路を造りだしているのです。

 

 下手菌保菌者のオジさんたちは、さらに感染者を増やしていく。
 オジさんたちのゴルフでは、ミスショットの連鎖反応がしばしば起こる。
 最初にティーショットを打ったオジさんAのボールが、右にスライスして林に吸い込まれていくとする。OBだ。2番目のオジさんBもAの再現フィルムのようなスライスを放つ。すると3番目のオジさんCは、真逆のフックボールを左の谷底に打ち込む。そして4人目のオジさんDはカラ振り。かと思ったら、ボールはティーからポトリと落ちた。

 なぜこんなことが起こるのだろうか。

 

f:id:ya-sone:20200321114711p:plain

 再びNICTとフランス国立科学研究センターのレポートだ。今年5月に鹿屋体育大学とも組んだ研究を発表した。「『他者をどう見るか』が鍵!」というタイトル。
 スポーツを見ている時、無意識に選手と同じような動きをしている時がある。他者の動作に自分の動作が影響されることを「運動伝染」という。
 他者の動作をどのように見るかによって、自分の動作がどのように変化するかを検証する内容だった。

 

 大学の野球部員30人を3つのグループに分けた。グループ①とグループ②は、まず的の中心に向かってボールを10球投球する。その後全く別の選手の投球映像を20球見てから、10球投球することを4回繰り返した。グループ③は投球のみ5回行った。
 繰り返すが①と②が見ている映像は全く同じだ。映像の選手には的の右上に向かって投げてもらったので、投球はその周辺に集中した。

 

 ①には「映像の選手は、毎回様々な場所を狙って投げている」と伝えた。一方②には「映像の選手は、常に的の真ん中を狙って投げている」と伝えた。①は投げる前にどこにボールがいくか予測出来ない。②は常に真ん中と予測するので、実際の投球は右上にずれたように感じる。
 ①~③の野球部員には、すべて真ん中めがけて投球してもらった。シャッター付ゴーグルで、投げた瞬間に前が見えなくなるようにした。自分のボールを見て、次の投球を修正することは出来ない。

 

 結果は次の図の通りだった。

f:id:ya-sone:20200321115034p:plain

 予測なしの①のボールは、映像の選手と同じ右上に向かってずれていった。これは従来の運動伝染だ。
 ところが、真ん中と予測した②のボールは、映像の選手と真逆の左下に向かってずれていった。脳が映像の選手のボールのずれを、自分の投球のずれのように修正しようとしているかのようである。
 ③は、あまり変化なかった。

 

オジさんAと同じミスをしたオジさんBには、グループ①と同じ運動伝染が起こった。オジさんCは、AとBのミスを修正しようとしたグループ②の状態と考えられる。そしてオジさんDは、ただのド下手である。

 オジさんたちは、とにかくミスショットが多い。いずれにせよ他人のショットは見ないに限る。

 でも同伴者には、こう言おう。

「ボクのスイングとボールの行方をしっかり見ててね」。

                                                                                                       や・そね

 

<参考資料>

プレスリリース

・「下手な人を見たら、自分も下手になったエキスパート~他者動作の予測と自己動作の生成には共通した脳内プロセスが関与することを解明~」
2014年11月11日 独立行政法人情報通信研究機構

・「『他者をどう見るか』が鍵!~他人の動作を予測した時の“誤差”が自分の動作を変える~」

2018年5月29日 国立研究開発法人情報通信研究機構 国立大学法人鹿屋体育大学