オジさんの科学vol.034 2018年10月号
(2018年10月に配信した文章を、2020年4月に修正しアーカイブしました)
オジさんの仲間では、飲み会の声掛けをする、日付を調整する、居酒屋を予約する、盛上げるネタを考えてくるなどの役割分担があります。
ハチやアリの社会でも、仲間が協力して様々な仕事を分担します。
エサの調達係や、幼虫のベッドを整えたり体をきれいにするサービス部門、巣を守る防衛部隊などがあります。中にはキノコを栽培する農業担当や、アブラムシなどを家畜として飼育する係がいる場合もあります。
ハチやアリの同じ巣の仲間は、みんな血縁関係にあります。社会を作るのは、親戚だからなのでしょうか。それとも役割分担できるからなのでしょうか。
ハチやアリの社会構造を「真社会性」といいます。
巣の中では、女王とワーカー(働きバチ、働きアリ)と呼ばれるメスの子供たちがいっしょに暮らしています。多くの場合、オスは女王と交尾した後に死んでしまい、巣作りには関わりません。女子だけの世界なのです。
ワーカーは一生自分の子供を作らないので、彼女たちの行為は究極の「利他行動」と呼ばれます。
真社会性を持つ動物は極めて少ないのです。ハチやアリの他はシロアリ、アブラムシ、ナガキクイムシ、アザミウマ、テッポウエビ、ハダカデバネズミなどです。
通常、生物は自分の子孫を出来るだけ多く残そうとします。
ところがイギリスの生物学者ハミルトンは「自分の遺伝子を数多く残せるのなら、生物は自分を犠牲にすることもある」と考えました。
こういう事です。
あなたが3人の妹たちといる時に、大地震が発生。天井が崩れ、大きな梁が妹たちのところに落ちてきました。とっさにあなたは3人を庇い、犠牲になりました。
兄弟姉妹は、平均して遺伝子の1/2を共有しています。
この場合、あなたは子孫を残せなくても、妹3人合わせてあなたの遺伝子の約150%が残ることになります。
ハチやアリの場合、メスは遺伝子を2セット持っていますが、オスは1セットのみです。
子供は遺伝子を父親と母親から1セットずつ受け継ぐので、母親-娘の共有度合はヒトと同じ1/2になります。
姉妹の共有度合いはこうです。2セットの遺伝子のうち、父親からもらった1セットは全く同じです。母親からの1セットは遺伝子がランダムに混じっており、平均すると1/2を共有しています。つまり1/2+(1/2×1/2)=3/4となります。
自分の娘よりも妹の方が1.5倍の遺伝子を共有していることになります。娘を育てるより妹の世話をした方が遺伝子を残せることになるのです。これが「血縁利益」です。
これまでハチやアリは、血縁利益により真社会性へ進化したと言われてきました。
今回、北海道大学の研究がこの定説を覆しました。
発表したのは長谷川英祐准教授らのグループです。16年5月号で取り上げた「働かないアリにも意味がある」という研究成果を発表し、オジさんたちを勇気づけてくれた人たちがまたやってくれました。
グループは真社会性を持つシオカワコハナバチの巣を観察しました。このハチは複数のメスが巣をつくる場合と1匹だけの場合があります。
複数メスの巣の中には、血縁関係の無いメスが混じることもあるそうです。
餌を採る行動や巣を守る行動の分析から、血縁利益と「群れ」の効果の、どちらが真社会性の形成に貢献しているかを計算しました。
その結果、群れの貢献度は92%になりました。一方で、血縁利益はわずか8%でした。群れる効果が血縁利益を凌ぐ結果となりました。
複数メスの巣では、順番に餌を採りに出ることにより、常に他のメスが巣を守る状態を維持していることが判かりました。メス同士が血縁であることよりも、分担して複数の仕事を同時並行でこなせるメリットの方が大きかったようです。
インパラの群れは、たくさんの眼でチーターの襲撃を見張ることにより、順番に餌を食べたり、眠ったりします。イワシは大群になることで、サメが襲いかかってきた時に、自分が狙われる確率を下げることが出来ます。希釈効果と言います。オオカミは協力して狩りをします。
群れで暮らすと異性との接触機会が増えたり、子育てが効率的になったりします。
一方、群れにはデメリットもあります。捕食者から見つかりやすくなります。仲間同士での食料や配偶者争いが激化します。感染症が、蔓延する可能性があります。そして誰の子供だか判らなくなります。
かよわいオジさんたちは群れたがります。お昼は誘い合って食べに出ます。夜な夜な居酒屋でディスカッションを繰り返し、社会性を強化しています。上司がいないか皆で周囲を警戒します。会社批判の責任の希釈効果を図ります。しかし酔うと色々緩慢になります。
そして、若者たちから「○○おやじ軍団」などとレッテルを貼られたりします。でもそこには、王様もワーカーもいません。
や・そね
<参考文献>
プレスリリース
・「ハチは社会を作ると1匹1匹が得をすることが明らかに」 北海道大学
2012年7月4日
・「群れをなすメリットがコハナバチの社会進化を導く」北海道大学
2018年10月4日
論文
・「The benefits of grouping as a main driver of social evolution in a halictine bee(コハナバチにおける社会進化の主導因は群れを作ることの利益である)」 Science Advances Oct 4th, 2018
書籍
・「ヒトはどこまで進化するのか」エドワード・O・ウィルソン 亜紀書房
・「進化の教科書」カール・ジンマー、ダグラス・J・エムレン 講談社
・「利己的遺伝子とは何か」中原英臣、佐川峻 講談社
WEB
ウィキペディア「真社会性」「社会性昆虫」