オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

新発見!記憶復活薬

オジさんの科学vol.037 2019年1月号

(2019年1月に配信した文章を、2020年6月に微修正し掲載しました)

 受験シーズンです。
 本番の試験で、覚えたはずの英単語が出てこない。公式が思い出せない。年表を忘れてしまった。そんな経験を持つオジさんやオバさんも、今や子どもや孫が受験生。「うちの子は大丈夫かしら」と、ハラハラドキドキしているはず。

 

f:id:ya-sone:20200608112928p:plain もしも、記憶を蘇らせる薬があったら、買い与えますか?
 絶対買う13%、多分買う31%、金額次第で買う28%、多分買わない9%、絶対買わない3%、分からない・無回答16%。妄想アンケートでした。

 そんな薬があったらお受験ドーピングです。

 

 ところが、もしもの話ではなくなってきたのです。合格者にドーピングテストをする時代が来るかもしれません。
 「忘れた記憶を復活させる薬を発見 ―既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功―」という研究報告が1月9日にありました。
 発表したのは東京大学京都大学北海道大学の研究チームです。このチームの人たちも、試験で英単語が思い出せなかったのかしら。

 

 既存の薬物とは「ヒスタミン神経活性薬」。巷の病院でも処方されています。
 「ヒスタミン」は、アレルギーや胃酸分泌に関与します。脳内では神経伝達物質として働き、睡眠や食欲、記憶に関わると考えられてきました。
 ヒスタミンを抑える「抗ヒスタミン薬」は、脳内ではさまざまな中枢機能を低下させます。この薬を飲むと、チコちゃんに叱られる状態になる訳です。記憶も低下させます。
 では逆にヒスタミンが働く神経系を活性化すれば、忘れたことも思い出すのではないか、と研究チームは考えたのです。

 

 ちなみに、皆さんがアレルギーや胃酸過多を抑えるために飲んでいる抗ヒスタミン薬は、第二世代と言われる改良型なので脳には届きません。だからあなたのボケ症状はアレルギーの薬のせいではありません。
 一方で第一世代の抗ヒスタミン薬は、脳内中枢に作用します。乗り物酔いや睡眠改善薬として使われています。

 

 さて、研究の話に戻ります。マウスとヒトにヒスタミン神経活性薬を与え、実験しました。
 マウスは新し物好きです。触れたり匂いを嗅いだりします。知っている物体は無視して初めて見る物体に興味を示します。
 実験箱の中におもちゃ(図中の青い物体)を2つ入れ、マウスに遊ばせました。(左上図
 翌日、片一方を新しいおもちゃ(図中の赤い物体)にすると、マウスはそちらだけに向かいました。(右上図)
 ところが実験間隔を3日空けると、最初に遊んだおもちゃにも興味を示しました。(左下図)
 次に、ヒスタミン神経活性薬をマウスに与えて実験しました。マウスは一ヶ月後でも最初のおもちゃを覚えていました。無視したのです。(右下図)
 さらに、ヒスタミンによって活性する神経細胞の領域を調べました。記憶が出入りする経路にあたる脳の領域全体が、活性していることが判りました。

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 次にヒトで実験しました。参加者は38名。まず、128枚の写真を見てもらいました。
 1週間後にテストがおこなわれました。研究チームは最初の写真32枚以外に、よく似た違う写真32枚と初めての写真32枚を用意しました。これらを参加者に見せ、3つに分類してもらいました。
 1回目のテストでは、何の効能も無い偽の薬を飲んで答えてもらいました。2回目はヒスタミン神経活性化薬を飲んでもらいました。
 その結果、正解率が向上しました。

 

 何かを思い出す時は、その記憶を担当する神経細胞が活性化します。ところがヒスタミンは、記憶の経路にあたる神経細胞全体を活性化させます。つまり特定の記憶を思い出させるどころか、脳内をざわつかせることになります。まるで神経回路にノイズを加えるようなものです。
 どうしてノイズを加えると記憶がよみがえるのか。そのメカニズムは、次の様なことだと考えられます。

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 記憶は時間がたつと薄れていきます。思い出す時にはフィルターが掛かり、あるレベルより鮮明だと思い出し、それ未満だと思い出せません。

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 思い出せないレベルまで薄まった記憶にヒスタミンのノイズを加えます。するとノイズが作用して思い出せるようです。このような現象を「確率共鳴」と呼ぶそうです。

 

 実験に使われた薬は「ベタヒスチン」。メニエール病、メニエール症候群やめまいの治療に用いられます。1錠当たり約6円なので、決して高くはありません。
 持っている方も、それなりに居るのではないでしょうか。でも、それを「受験生に渡すのは、ちょっと待った」です。

 

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 実験では、もともと成績が良かった参加者の成績が低下したり、簡単な問題では正答率が落ちることも判りました。記憶が鮮明に残っている所にノイズを加えるとぐちゃぐちゃになる、という事のようです。

 

 だから、この薬をお受験ドーピングに使うのにはリスクが高そうです。難しい問題が解けても、簡単な問題でミスりそうです。そもそも成績が悪くないと効かないと言うのも困りものです。

 

 記憶のメカニズムの解明は、どんどん進んで欲しい。オジさんたちには記憶復活薬が必要なのだ。挨拶された人が誰だか思い出せない。相手の名前が出てこない。カミさんに買い物を頼まれた野菜が何だったか、忘れてしまう。アイドルなんて、みんな一緒に見える。認知症になる前に、開発してください。お願いします。
 それから、国会にはその薬を常備して欲しいものです。「記憶にございません」と言わせないように。

                                                                                                                       や・そね

 

<参考資料>

プレスリリース

  ・「忘れた記憶を復活させる薬を発見ー既存の薬物で記憶痕跡の再活性化に成功ー」

   東京大学大学院薬学系研究科・薬学部、京都大学北海道大学

   2019年1月9日

WEB

  ・くすりの適正使用協議会 「くすりのしおり」

ポッドキャスト

  ・ヴォイニッチの科学書 第741回