オジさんの科学vol.039 2019年3月号
※この文章は2019年3月に作成・配信し、2020年7月に微修正・アーカイブしました。
2019年3月11日、近畿大学とロシア連邦サハ共和国アカデミー、東京農業大学、東京工業大学、国立環境研究所の共同研究グループが『2万8千年前のマンモスの細胞核の動きを確認』と発表した。
シベリアの永久凍土に埋まっていたケナガマンモスから採取した細胞核を、マウスの卵子に注入したところ、細胞分裂する直前の形にまで復活した。「絶滅動物における生命現象の細胞レベルでの再現などが期待されます」とのことだ。1万年前に絶滅したマンモスの再生へ一歩前進した、と聞こえた。
絶滅動物の再生といえば「ジュラシックパーク」。方法はこうだった。
琥珀の中に閉じ込められた蚊を見つける。蚊が吸った恐竜の血液からDNAを取りだす。壊れている部分は、カエルのDNAで補完する。それをワニの未受精卵に注入し、細胞分裂させる。
ジュラシックパークが発表された直後の1990年代に、数千万年前の琥珀の昆虫からDNAを採取することに成功した、という発表があった。しかし、これは間違いだった。作業の途中で、現代のDNAが混入してしまったのだ。
厳密に管理された分析では、琥珀の中の生物からDNAは抽出されていない。2013年にマンチェスター大学がおこなった研究では、60年前のものでも無理だった。
ジュラシックパークは、つくれない。
一方、ロシアでは本物の動物が闊歩する「氷河期パーク(正式名称:更新世※パーク)」がつくられているらしい。チェルスキー科学センターのセルゲイ・ジモフが、氷河期の生態系を復元しようとしているのだ。
観光用のジュラシックパークと異なり、氷河期パークは保護区。広さは160km2、1996年に開設した。目的は地球温暖化の阻止だ。
シベリアは、永久凍土に覆われている。「少なくとも2年以上、温度が0℃以下を保っている大地の状態」を指す。ロシア国土の約50%、アラスカのほぼ全域が永久凍土だ。場所によっては深さ600mまで凍っている。
推計によると、永久凍土の中には、大気中の2倍に相当する量の炭素が閉じ込められており、そのほとんどが二酸化炭素とメタンだそうだ。メタンは二酸化炭素の25倍の温室効果がある。
その永久凍土が解け始めている。
この100年間で地球全体の平均気温は0.5度上昇した。特にシベリアでは、その5倍の2.5度も上昇している。シベリアは温暖化の加速装置なのだ。
ジモフは、氷河期の生態系が温暖化を止められると考えている。その仕組みはこうだ。
シベリアの冬は、マイナス50℃程度まで寒くなる。ところが積雪が断熱効果を発揮し、地面を暖かく保ってしまう。そのため冬の間に冷気が十分に蓄えられず、夏に解け出す危険性がでてくる。
そこに草食動物を放つと、草を食み、表土を掘り返し、踏み荒らして雪を取り除いてくれる。表面は氷河期のステップのような草原になり、地下はずっと凍った状態が維持される。
世界各地から寒さに強いバイソン、エルク、ジャコウウシ、ヤクなどが導入された。そして、保護区内の永久凍土の温度を平均8℃下げることに成功した。
さらに大型の草食動物が居れば、大量の雪を取り払う。また、種子や栄養素をはるかに遠くまで運ぶ役割も果たす。
しかしゾウは寒さに弱い。現在保護区では、代わりに戦車を使っているそうだ。戦車は糞をしないので、栄養は供給しない。
マンモスが必要だ。
では、どうやって復活させるのか。
その1 体外受精
新鮮なマンモスの精子を永久凍土の中から見つけ出す。これをゾウの卵子に体外受精させる。代理母であるメスのゾウから生まれた子供は、マンモスとゾウのハ ーフだ。さらにこの仔にマンモスの精子を受精させると、75%マンモスの孫ができる。ひ孫は93.75%マンモス、と繰り返す。
ゾウはマンモスと遺伝的に近いアジアゾウが良い。
その2 クローン
有名なクローン羊のドリーを誕生させた方法。ドリーは生きているヒツジの細胞から 作られた。
それを死んだマンモスから作る。細胞からDNAが入った細胞核を取り出し、未 受精の卵子に移植し、代理母の子宮で育てる。
冷凍庫の牛肉から、ウシを再生するようなものかも。
その3 ゲノム(遺伝子)編集
マンモスのDNAを分析し、ゾウとの違いを突き止める。ゲノム編集の技術で、合成したマンモスのDNAを組み込むだゾウの万能細胞を作り、代理母の子宮で育てる。
その4 戻し交配
動物の品種改良と同じ。ゾウの中からマンモスに近い特徴を持つモノを選び出し、 掛け合わせる。長い毛や寒さに強いモノ同士の交配を繰り返す。これを戻し交配と呼ぶ。
そして現状はこうだ。
シベリアの大地に、精子バンクは無いようだ。これまで全身が発見された大人の マンモスは1799年と1904年の2体のみ。今後も大きな期待はできそうにない。
クローン
近畿大学などのチームはこれを目指しているのだろう。構想から今回の成果まで 約8年かかったと思われる。
そして強力なライバルがいる。韓国のスアム生命工学研究院だ。警察犬や死亡し た愛犬のクローン製作を行っているという。冷凍マンモスを入手しているらしい。
ゲノム編集
氷河期パークを支援するハーバード大学医学部の遺伝子研究チームは、この手法を駆使する。彼らは密生した毛、厚い皮下脂肪、小さく丸い耳、低温でも機能するヘモグロビンなどをコードするDNAを見つけた。アジアゾウの細胞を編集し、マンモスの遺伝子を持ったiPS細胞をつくりだしている。
戻し交配
ゾウは12歳くらいで妊娠する。妊娠期間は20~22ヶ月。1世代進めるのに約14年かかる。ウシの2~3年、イヌやネコの1年程度と比べ、気が遠くなるような時間がかかる。
いずれの方法でもゾウには大きな負担がかかる。そしてアジアゾウもアフリカゾウも絶滅危惧種だ。絶滅した種を絶滅危惧種でつくりだすということだ。代理母の代わりには、人工子宮の開発が必要だ。
本当に広大なシベリアを氷河期パーク化できるのだろうか。「地球温暖化」「遺伝子工学」「絶滅危惧種」「人工臓器」。氷河期パークは科学を取り巻く様々な問題に係わっている。
※更新世とは地質年代区分のひとつで、約258万年から1万1700年前まで。一般的に言われる氷河期にあたり、氷期と間氷期を繰り返した。
<参考資料>
プレスリリース
『二万八千年前のマンモスの細胞核の動きを確認 太古のDNAで生命現象を再 現、古生物科学の新たな扉を開く』 2019年03月11日 近畿大学
書籍
『マンモス』 福田正己 2017年 誠文堂新光社
『マンモスのつくりかた』 べス・シャピロ 2016年 筑摩書房
『マンモスを再生せよ』 ベン・メズリック 2018年 文藝春秋
「ナショナル ジオグラフィック日本版2013年4月号」 復活する絶滅種