オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

走るために進化したヒト

オジさんの科学vol.044 2019年8月号

※2019年8月に配信した文章を2021年1月に微修正し、アーカイブしました。

 

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  あいかわらず暑い日が続く。そして、東京オリンピックまであと1年だ。

「なんでこんなに暑い時期に、オリンピックをやるのかしら」とカミさんが呟いた。

 確かにそうだ。前回の東京オリンピックの開会式は、10月10日だったはずだ。ネットで検索してみた。9月や10月だと、米国ではアメフトのNFL開幕や大リーグのプレーオフにぶつかる。欧州でもサッカーシーズンの序盤と重なる。放映権を高く売るためらしい。

 

 

 炎天下のマラソンは過酷を極める。商業五輪の先駆けとなったロサンゼルス大会のアンデルセン選手を思い出す。

 しかし、炎天下のマラソンほど人間的なスポーツはない、とも言える。ヒトは最も優秀な長距離ランナーなのだ。炎天下に走り回れる動物は、ヒトだけのはずである。ハーバード大学とユタ大学が発表した論文によると、暑い日のマラソンならば馬をも打ち負かすことができるという。

 

 走り続けると、体内に熱が蓄積する。これを放散するために汗をかく。
 哺乳類の汗腺には、アポクリン腺、エクリン腺、皮脂腺の3つの種類がある。ほとんどの動物は、ねっとりした汗を出すアポクリン腺が多い。この汗で毛をコーティングし、蒸発によって熱を下げる。しかし、蒸発するのは毛皮の表面なので、べたついて効率が悪い。

 

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 一方でヒトは、あっさり汗のエクリン腺が多い。蒸発しやすい汗が皮膚の表面を効果的に冷却する。あっさり汗は一日に最大12Lも分泌できる。

 

 ヒトは200万年程前に、森からサバンナに住処を移した。長い距離を追跡することで獲物を仕留めるようになった。照り付けるアフリカの日差しの下で、長距離を走り続けるために汗腺が発達した。効率的なラジエターを手に入れたのだ。
 アフリカの熱帯で暮らす人々は、手足も長い。皮膚の表面積を拡大して熱の放散を増やした。

 

f:id:ya-sone:20210109115331j:plain マラソンの男子の世界記録は、2時間1分39秒。ケニアのエウリド・キプチョゲが持つ。手足が長く、心肺能力が高い。

 走り続けるためのエネルギー源は、グリコーゲンだ。日本体育大学杉田正明教授によると、体重60kgの人がマラソンを走り切るには、約2500キロカロリーを必要とする。

 そして体内のグリコーゲンは肝臓に300キロカロリー分、筋肉に1500キロカロリー分しか蓄えられない。グリコーゲンが枯渇すると脂肪が消費されるが、分解に時間がかかり、走りが遅くなる。

 

 これまでマラソンは一定のペースで走るのが良いとされてきた。しかし近年は前半型が支持されている。初めはグリコーゲンを燃やすので早く走れる。後半は脂肪を燃焼させるからペースダウンするのだ。

 1908年に記録された最初の男子世界記録は、2時間55分18秒だった。100年ちょっとで3割も短縮された。

 

 小学校では、かけっこが速い子はヒーローだった。それも短距離。マラソンよりも派手なのが100mだ。

 しかし、短距離はヒトの得意種目ではない。

 アフリカのサバンナでライオンに追いかけられたら、勝ち目はない。札幌に出てきたヒグマもヒトより速い。サファリパークでは、車から出てはいけません。ヒグマやあおり運転に遭遇した時も、窓は閉めてロックをかけましょう。そして110番です。

ライオンもヒグマも4本足で走る。2本足なのは、ヒトとダチョウとティラノサウルスくらいだ。

 

f:id:ya-sone:20210109132934j:plain ウサイン・ボルトの世界記録は9秒58。日本人にとっては、10秒00が大きな壁だった。桐生選手が2017年についに突破。サニブラウン選手、小池選手と続いた。最初の世界記録、10秒6は1912年に樹立された。こちらは100年で1割ほど縮まった。マンガ『スプリンター』の主人公、結城光は人間のリミッターを外して速さの限界に挑んだ。

 日本体育大学の阿江教授の試算によると、9秒3台が限界のようだ。

 

 2050年頃には9秒を切っているかもしれない、と言うのは神奈川大学の衣笠教授。

「ただし4足で走れば」

 4足走行のギネス世界記録は15秒71。持っているのは日本人の「いとうけんいち」さん。いとうさんは、最初のギネス世界記録を達成してから7年で4秒57、2割以上も縮めている。

☟その走りを是非ユーチューブで確認してほしい。

 https://www.youtube.com/watch?v=F3h0AkNNP70

 

 素早く走る動物は頭が揺れないように、首筋に発達した靱帯がある。犬や馬、野ウサギ、ヒトにはあるが、走らないチンパンジーには無い。約4~300万年前のご先祖アウストラロピテクスにも無かった。それが約240~140万年前のホモ・ハビリスでは発達していた。走るために進化したのだ。


 最近、ほとんど走っていない。林の中にボールを打ち込んだ時に、クラブをもって駆けるくらいだ。100mは何秒くらいかかるのだろうか。そもそも100mなんて長距離を無傷で走れるのだろうか。

 


                                                                                                                 や・そね

 

 

<参考資料>

雑誌

日経サイエンス2010年5月号「なぜヒトだけ無毛になったのか」

日経サイエンス2019年3月号「長距離走者の秘密」

日経サイエンス2019年4月号「走る動物ヒト」

WEB

・ロイターウェブサイト2018年7月30日

「焦点:東京五輪、なぜ真夏に開催か 猛暑で懸念高まる」

書籍

小山ゆう『スプリンター』第14巻 小学館