オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

お腹が空くと、脳が変わる。

オジさんの科学vol.049 2020年1月号

2020年1月に配信した文章を2021年9月に微修正し、掲載しました。

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 「腹が、減った」は、TV版「孤独のグルメ」の主人公、井之頭五郎の決まり文句だ。いつも旨そうに食べる。「空腹は最高の調味料」とソクラテスは言ったとか。

 空腹になると、本当に味覚は変化するのだろうか?

 ソクラテスの死後2,400年以上たった昨年(2019年)、生理学研究所東京大学の共同研究チームが、そのメカニズムを解き明かした。

 研究チームは、空腹の時に味覚を調節する神経ネットワークを発見した。

 マウスに、甘い液体と苦い液体を与えて舐める回数を調べ、味に対する好き嫌いを判定した。空腹のマウスは、甘さを抑えた液体でも普段よりたくさん舐めた。一方、苦味を強めても舐める回数は減らなかった。

 このことから、空腹になると甘くて美味しいと感じられる味を、より好んで摂るようになると考えられる。また、苦みの様な不快な味には鈍感になることが判った。

 

 次に研究チームは、光によって神経細胞をコントロールするオプトジェネティクスという技法を使った。脳内の食欲に関する部位を刺激して、人工的に空腹感を発生させた。すると、本物の空腹時と同様に味覚の変化が見られた。

 自然界では、常に飢餓の危険にさらされている。飢餓状態の時には、糖などの栄養価の高い食物を、普段以上に好むようになると考えられる。同時に、多少悪くなった食べ物でも妥協して食べるようになったと思われる。

 研究チームは「このような味覚の調整は、少しでも効率的にエネルギーを摂取して生き延びるために存在しているのだろう」と推定している。

 

 さらに、不安中枢の一つを抑制すると空腹時と同様に甘味に関する嗜好性が高まることも判った。苦味については、嫌悪感に関係する神経の反応を抑えると空腹時のように鈍くなった。

 不安や嫌悪などの感情に関わる脳の部位の活動が関係していることから、食べる時の生理状態によっても味は変化すると考えられる。

 

 一生懸命作った気持ち。綺麗な盛り付け。室内の雰囲気。落ち着ける環境。これらも「調味料」となるのです。

 

 

 お腹が空いていると、豪華なディナーの前でも、ついお菓子に手が伸びる。後で入手できるご馳走よりも、今すぐ食べられるジャンクフードに高い価値を感じるのだ。

 スコットランドダンディー大学の研究者たちは、人は空腹になると食べ物以外の価値判断も変化することを発見した。

 後でもらえる大きな報酬よりも、すぐにもらえる小さな報酬を選ぶ傾向にあることが判った。

 

 50人の学生が参加し、満腹時と空腹時に実験を行った。参加者に対して、食べ物やお金、サービスについて「今すぐ受け取る」か「後から2倍の量を受け取る」かの2択の質問をした。

 例えば「今すぐ5個のチョコレートをもらうか、明日まで待って10個のチョコレートをもらうか、どっちを選ぶ?」という風に。「明日」を、明後日、3日後、10日後、30日後・・・というように変えていく。

 同じように「今すぐ10ポンドのお金をもらうか、30日後に20ポンドもらうか」「今すぐ10曲のダウンロードをするか、200日後に20曲ダウンロードするか」と質問した。

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 食べ物の場合、後で2倍の量がもらえるから待てるという時間は、満腹の時が平均35日だったのに対し、空腹の時はわずか3日だった。

 お金の場合は、満腹だと90日待てるのに空腹だと40日になった。音楽ダウンロードでは、満腹の40日に対し空腹は12日だった。

 人は空腹の時、より現在のことに焦点を当てるようになるらしい。「空腹だったとすれば、よりバラ色の未来よりも、すぐに得られる満足感を重視してしまうかもしれない」そうだ。

 重大な意思決定は、空腹時には行わない方が良いかもしれない。

 

 ダイエット中の人は要注意です。彼からのプロポーズを受けるかどうかは、お腹いっぱい食べてから判断しましょう。

 

 

 上司が怖くて、なかなか業務報告に行けない。そんな人は、お腹を空かしてトライすることをお薦めします。

 東京理科大学の山田助教によると、「空腹が恐怖を軽減する」のだそうです。

 

 恐怖も食欲もともに生存に必須な本能だ。恐怖を感じないと危険回避できない。しかし、恐怖が強すぎて引きこもっているとエサにありつけない。

 一晩絶食させたマウスと好きなだけ食べさせたマウスの、恐怖記憶に関して調べた実験がある。すると絶食マウスの恐怖の長期記憶が弱まっていた。脳内の恐怖を感じる回路と食べ物を摂る回路は、扁桃体という組織を介して繋がっていると考えられている。

 

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 怖い上司には、お腹を空かして腹を括って挑む。でも、報告をする時に注意しなければいけないことがあります。上司が満腹の時を狙いましょう。

 目先の損得ばかり気になり、ちょっとした失敗にも腹を立てるかもしれないからです。

 

                                                    

 

 

<参考資料>

プレスリリース

 大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 生理学研究所 2019年11月5日

  『空腹に伴い味覚を調整する神経ネットワークの発見』

WEB

 Forbes JAPAN2019年9月21日

『空腹は重大な決断を誤らせる? 新たな研究結果が警告』

WIRED.jp 2019年10月4日『重大な決断は、空腹時にすべきでない』

ポッドキャスト

 ボイニッチの科学書 第777回 2019年9月28日『空腹は重大な決断を迷わせる』

雑誌

  日本薬学会の機関誌「ファルマシア」 52 巻 (2016) 4 号

『空腹が恐怖を軽減する:摂食と恐怖神経回路のインタラクション』

国立精神・神経医療研究センター神経研究所(現東京理科大学) 山田 大輔