オジさんの科学vol.109 2025年1月号
腸内細菌は、脳に効く・・・かな?

ぐるっ、ぐるる。うっ。ウォーキングの最中にトイレを催した。たぶん寝る前に、一気飲みした冷たい牛乳のせいだ。牛乳、不得意じゃなかったんだけど・・・・。
成人日本人の多くが、「乳糖不耐症」と言われている。牛乳などのいわゆるミルクに含まれる「乳糖」という成分を消化する酵素を持たない。その結果、乳糖が消化されないまま大腸に溜まってしまい消化不良や下痢などの症状を引き起こす。
赤ちゃんの時は、ミルクからしか栄養を摂れない。だから、この消化酵素を持っている。それが、大人になると作れなくなるのだ。
ところが、欧米人は、大人になってもこの酵素を持っている人が多い。古くから牧畜や酪農が営まれてきたため、この酵素を作る遺伝子を持った人が、進化の上で有利だったと考えられている。
モンゴルの人たちは、わたしたちと同じアジア人で、この酵素を持たないのに乳製品をたくさん摂取する。彼らの「腸内細菌が消化を助けている」という仮説もある。
日本人でも、牛乳が得意な人とそうじゃない人がいる。乳酸菌やビフィズス菌などの腸内細菌が多い人は、乳糖が分解されて、不快症状が出にくいと言われている。
ルートを変更し、何とか家までたどりついた。危なかったが、セーフだった。
あの日以来、お腹が本調子じゃない。牛乳へも敏感に反応するようになった。そこで腸内細菌を育成することにした。白米に、もち麦を混ぜることにした。さらに、整腸剤を飲んでみることにした。
現在は、「酪酸菌」、「乳酸菌」、「糖化菌」が含まれる「ビオスリー」を飲んでいる。これらの菌は腸内細菌の一種でプロバイオティクスと呼ばれる。
腸には、およそ1000種類、100兆個もの細菌がいると言われる。人体の細胞数は約37兆個と推定されるので、私たちの腸には細胞以上の数の細菌が棲みついている事になる。食物繊維を分解するなど消化活動を助けたり、腸内環境を整えたり、蠕動(ぜんどう)運動を助けたりする。
「毎日1本ヤクルトを飲もう」と言われたものだ。乳酸菌シロタ株。
多種多様な腸内細菌は、「腸内フローラ」とも呼ばれる。フローラは、ラテン語でお花畑のこと。顕微鏡で観察すると、お花畑のように見えるらしい。
「痩身治療(腸内フローラ移植)」という診療を掲げている病院もある。大腸などの病気の治療法として健康な人の腸内細菌を移植するもの。さらにマウスの実験などで肥満にも関係していることが判り、ダイエットとしても有効だと考えられている。
腸内フローラ移植、とても美しい響きだ。「糞便移植」とも言われる。

糞便移植が、がんの治療効果を向上させるという報告もある。ノーベル賞を受賞した本庶佑さんが開発した「免疫チェックポイント阻害薬」。この薬の効果がなかったがん患者に腸内細菌を移植すると、一部の患者で効果が出るようになったそうだ。
このように、近年腸内細菌が果たす役割は、より多方面に渡ることが明らかになってきた。
腸内細菌は、睡眠にも影響している。免疫にも関わっている。持久力の向上に寄与する。アルコール中毒症状を回復させる。糖尿病の改善につながる。などなどと次々研究成果が発表されている。まだマウスによる実験段階のものも多いが、人間にも同様の効果や影響がある可能性が高いと考えられている。
最近特に注目されているのは、「脳腸相関」だ。腸は第2の脳とも言われる。緊張するとお腹が痛くなるのは、脳で感じたストレスが脳と腸をつなぐ迷走神経を通じて伝わるため。
腸内細菌は、うつ病などと関係するとも考えられている。国立精神・神経医療センターの研究によると、うつ病の人は健常者と比較してビフィズス菌や乳酸菌の数が少ないことが判った。
また、うつ病に似た症状があるマウスにビフィズス菌や乳酸菌の一種を与えると症状が改善したという報告もあるようだ。
森永乳業は、「加齢に伴い低下する認知機能の一部である記憶力を維持する機能性表示食品」として「メモリービフィズス 記憶対策サプリ」を販売している。「ビフィズス菌MCC1274」による効果だと謳っている。実験によって認知機能の改善が見られたとのこと。人の名前をなかなか思い出せないオジさんには、うってつけ。と思ったが、論文を読むと実験対象者は軽度認知障害が疑われる人々だった。
名古屋市立大学は、ビフィズス菌MCC1274が、アルツハイマー症の原因と考えられるタンパク質「アミロイドβ」の沈着を抑えたり、脳の炎症を軽減させることを見出した。ただしこれは、マウスの実験によるものだ。

また、名古屋大学などの研究チームは、レビー小体型認知症に腸内細菌が関係していると報告している。レビー小体型認知症は、アルツハイマー症に次いで多い認知症で、幻覚が見えたり、妄想に陥ったり、日中に過度の眠気を感じたりもする。
産総研と東京大学は、昨年12月「腸内菌が脳に果たす新たな役割を発見」と発表した。マウスを使った実験で腸内細菌のバランス改善するプロバイオティクスを与えることで、新しい神経細胞を作り出せることを発見した。与えたのは「乳酸菌」「酪酸菌」「糖化菌」のセットだそうだ。
おやっ、と思った。ビオスリーと同じではないか。改めて発表を見ると、ビオスリーの製造販売元の東亜薬品工業が共同研究グループに入っている。
お腹だけではなく、頭の具合も心配なオジさんは、しばらく飲み続けることにした。
や・そね
<参考資料>
「腸内細菌叢が糖尿病の発症に与える影響を解明」(2020年3月6日)京都大学、島津製作所プレスリリース
「生きた植物乳酸菌がアルコール中毒症状を回復させる効果を発見 しました」(2020年4月10日)広島大学プレスリリース
「ビフィズス菌A1(Bifidobacterium breve A1)が、軽度認知障害(MCI)の疑いがある方の認知機能を改善する作用を確認」(2020年12月2日)森永乳業プレスリリース
「ビフィズス菌 MCC1274 はアルツハイマー病モデルマウスの記憶障害を予防した」(2022年1月19日)名古屋市立大学プレスリリース
「肥満・糖尿病を改善する腸内細菌発見」(2022年8月26日)早稲田大学プレスリリース
「野生型マウスにおいてビフィズス菌MCC1274の経口投与は、アルツハイマー病に関連する病態を軽減した」(2022年8月25日)名古屋市立大学プレスリリース
「腸内細菌の改善が認知症を予防する可能性」(2022年12月13日) 名古屋大学、岡山脳神経内科クリニック、岩手医科大学、岡山大学プレスリリース
「悪玉脂質を産生する腸内細菌が肥満を悪化させる」(2023年1月18日)理化学研究所プレスリリース
「ヒト腸内細菌の1種が持久運動パフォーマンスの向上に貢献」(2023年1月26日) 慶應義塾大学、順天堂大学、神奈川県立産業技術総合研究所、青山学院大学、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ、科学技術振興機構プレスリリース
「腸内菌が脳に果たす新たな役割を発見」(2024年12月16日)産業技術総合研究所プレスリリース
Xiao et al.(2020)「Probiotic Bifidobacterium breve in Improving Cognitive Functions of Older Adults with Suspected Mild Cognitive Impairment: A Randomized, Double-Blind,Placebo-Controlled Trial」 Journal of Alzheimer’s Disease 77 (2020) 139–147
「腸内細菌はがん治療を強化できるか」NatureDigest2022年10月号
「マイクロバイオーム―人体に住む微生物」Newton2022年12月号
「なぜ人類は牛乳を飲み始めたのか、動物界では異例、いまだに謎」ナショナルジオグラフィックNews2023年9月19日号
JミルクHP(2025年1月21日閲覧)
森永乳業HP(2025年1月22日閲覧)