オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

スローモーションのように

オジさんの科学vol.110 2025年2月号

 

スローモーションのように

 


 集中力が高まって「ゾーン」に入った時に、ボールが止まって見えたり、一瞬の事がゆっくりと感じたりすると言う。オジさんは、そんな不思議な現象を子供の頃に3度体験した。最初が小学生の時、郡(田舎だったので)の陸上100mの試合。次が中学の校内陸上競技会の100m。最後は、高校の部活、バスケの練習で。

 それは突然来るのだ。他の選手の動きが、スローモーションのようになる。周りの動きをつぶさに見て取れるほど意識を巡らすことができた。ほんの数秒間が、何倍にも引き延ばされたようになる。でも自分の動きもスローモーション。意識だけが倍速回転している。ゆっくりと相手を追い抜いた。ヘボ選手だったけど、その時は少しまともに動けたみたいだった。

 

 交通事故の瞬間や高いところから落下するなど、突発的に危険な状況に陥った時にも、物事がスローモーションのように見えることがあると言われます。

この現象は本当に起こっているのか、錯覚なのか。アメリカの研究チームによる検証実験の結果が2007年に報告されました。

 

 実験参加者は、約31mの高さから落下する遊園地のアトラクションにトライしました。命綱をつけないバンジージャンプの様なもので、下には受け止めるネットが張ってあります。参加者は、腕に液晶ディスプレイを付けました。ディスプレイには、数字と背景が赤と黒で高速反転して表示されます。

 

反転スピードは、実験前に確認したぎりぎり読み取れる速さより、少し速めに設定しました。もし、落下中に脳の処理速度が上がっていれば、読みとれるはず。でも、失敗でした。

 この結果から、スローモーションに見える現象は、「恐怖や緊張によって出来事をはっきりと記憶する」という人間の特性によって引き起こされた一種の錯覚であり、本当にスローモーションになるのではない、と考えられるようになりました。

 

 しかし、この実験に千葉大学の一川教授らの研究チームは、疑問を持ちました。

 そもそも、落下中に腕のディスプレイを視るのは、むずかしい。また、遊園地のアトラクションでは、落ちてもケガをしない。恐怖を感じていなかったのではないか。しかも、この実験は1度しか試みていなかったそうです。

 

 そこで千葉大の研究チームは、別の実験を行いました。男女16名の大学生が参加しました。

 研究チームは、「危険と感じる画像」と「安全と感じる画像」をそれぞれ12枚用意しました。カラー画像を1秒間提示した後に、モノクロ化した同じ画像を、長さを変えて表示しました。その後、モノクロ画像が見えたかを尋ねました。その結果、危険と感じる画像では、時間が約10%長く感じられるという結果が出ました。

 2016年に「時間がゆっくり感じられることは、錯覚でないことを世界で初めて確認された」と発表しました。

 

 しかしその後、この実験では生き物など自然の画像を用いたために、それらが持つ特性(輝度、色彩分布)による影響を無視できないのではないか、という意見がでたそうです。

 危険と感じる画像の中には、ヘビもあったそうです。かつてオジさんの科学でも紹介したように、ヒトの脳はヘビに素早く反応するように進化しています。

 

 研究チームは、別の実験で再度検証を試み、2023年に『「ドキッ!」の瞬間、スローモーションで見える』は正しかった!という発表を行いました。


 今回は、ヒトの表情画像を用いました。男女それぞれ2名の「怒った顔」、「恐怖を感じている顔」、「喜んでいる顔」、「無表情な顔」を用意しました。フルカラーの顔の画像を1秒間見せた後、彩度を70%下げたちょっと薄い画像を見せました。この薄い画像を提示する時間を変化させ、彩度変化を感じ取れる最短時間を測定しました。

 その結果、恐怖や怒りの表情の時だけでなく、喜びの表情でも無表情と比べて短い時間でも彩度変化を感じられたそうです。また、顔の画像をさかさまにすると、この差はなくなったそうです。このことから感情によって時間間隔が変化することが判りました。

 

 そして、研究チームは、いよいよスポーツ選手などが「ゾーン」に入って感じるスローモーション現象の解明に一歩踏み出しました。今年1月、ゲームのプレー中に「ゾーンに入る」と主観的な時間が歪む事を確認した、と発表しました。

 

 目標達成に向けて自分の持つ技能を発揮し、自分の存在を忘れるほどに没頭した時に生じる「楽しさ」「ワクワク感」「充実感」などに代表される最適な心理状態のことを「フロー体験」と呼んだり、「ゾーンに入る」と表現したりします。フロー体験の特徴として、時間感覚が極端に大きく歪むことが知られています。

 数十分程度と思っていたのに数時間経っていたり、逆に一瞬のことが数十秒に渡って展開したりします。

 

 実験には20名の大学生が参加しました。15種類の短文(30文字程度)をできるだけ早くタイプして、高得点を目指すゲームを行いました。最初に1度練習し、その後3回トライします。参加者は、それぞれの回で打ち終わった後に、かかったと思われる時間の長さを申告します。同時にその時の心理状態が確認され、フローが体験されたかどうかを評価されました。

 

 実験の結果、時間が短く感じたケースと時間が長く感じたケースの両方が確認されたそうです。

 状況をコントロールできていないと強く感じている時や、課題遂行において目標に向かえていないと感じた時に、時間が短く感じられました。

 逆に、時間を長く感じたのは、気力の充実感が高かったと感じている時でした。

いずれの場合も、ゲームへの集中度が低い時には起こりませんでした。

 

  焦ると時間が足りなく感じられる一方で、楽しい時もあっという間に過ぎたりする。スローモーション感覚が発動するきっかけは何なのか。時間感覚に関する研究が、今後さらに進展することに期待したい。

スポーツの時に体験したスローモーション現象は3回だけだったが、仕事の時には度々あった。退屈な会議の時には、時計の針が進まなくなるのだ。

 

や・そね

 

<参考資料>

『「危ない!」の瞬間,全てがスローモーションで見える』は正しかった!強い感情が視覚の“時間精度” を上昇させることを世界で初めて確認(2016年5月23日)千葉大学プレスリリース

 

『「ドキッ︕」の瞬間、スローモーションで⾒える』は正しかった︕〜感情が視覚の“時間精度”を上昇させることを改めて確認〜(2023年2月13日)千葉大学プレスリリース

 

フロー体験中の時間の歪みの発生やその方向を決める要因を特定 ゲームプレー中の「ゾーンに入る」体験と時間の歪みの程度についての分析から確認(2025年1月27日)千葉大学プレスリリース

 

見える景色がスローモーションに感じる心理的時間とは?〜不思議な心の時間の歪み「タキサイキア現象」 (2023年12月18日)千葉大学ホームページ

 

「時間心理学」入門 Newton2025年1月号