オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

遺伝子だけの古代人。

オジさんの科学vol.112 2025年4月号

 

遺伝子だけの古代人。

 

 メールやLINE、Messengerだけの仕事が増えた。相手の顔を見ないままに進む。顔を合わせないでいると、不安になることもある。とは言っても見ず知らずではない。相手を思い浮かべて文章を作る。

 今、国立科学博物館で開催されている「古代DNA」展では、宮古島の古代人や礼文島縄文人の顔が復元されている。その辺に居そうなオッチャン、オバチャンだ。顔を見ると身近に感じられる。

 相手の正体が分からないことを「顔が見えない」という。顔だけではなく、体格も生活も何も分からない正体不明の古代人がいる。それが「デニソワ人」だ。

 

 今月、日本、台湾、デンマークの国際共同研究チームは、「台湾で見つかった人類化石がデニソワ人だった」と発表しました。

 現存している人類は、「私たち(学名:ホモ・サピエンス)」だけです。でも、数万年前には、他の人類も生きていました。「ネアンデルタール人(学名:ホモ・ネアンデルターレンシス)」と「フローレス原人(学名:ホモ・フロレシエンシス)」そして「デニソワ人」です。

 

 ネアンデルタール人は、よく知られています。旧人といわれ、かつては彼らから今の私たちが進化したのかもしれない、とも考えられていました。サルから猿人、原人、旧人、新人(私たち)と進化する図を、見たことはありませんか。少しずつかがんだ腰が伸びていく図。あれは、ちょっと違ってたんですね。ネアンデルタール人が私たちに進化したんじゃないんです。

 ご先祖ではなく兄弟、といったところです。ネアンデルタール人の祖先と私たちの祖先は同じだったと考えられています。


 1856年にドイツのネアンデル渓谷で、最初の化石が発見されました。ヨーロッパを中心にたくさんの化石や遺跡が発見されています。私たちよりも体格はがっしりとしており、脳は若干大きかったようです。狩猟採集がメインで、少人数で集まって暮らしていたようです。

 

 ネアンデルタール人のDNAは、ドイツのマックスプランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ博士の研究グループによって解析されました。さらに、研究グループは、アフリカ人を除く私たちの遺伝子の1~2%は、ネアンデルタール人由来であることも突き止めました。

 ペーボ博士は2022年にノーベル賞を受賞しました。現在、沖縄科学技術大学院大学の教授も兼任しています。「古代DNA」展でも冒頭のVTRに登場します。

 

 フローレス原人は、2003年にインドネシアフローレス島から、ほぼ全身の骨格化石が発見されました。大人になっても身長が100cm程と考えられることから「ホビット」の愛称で呼ばれます。脳の大きさは私たちの1/3程度でチンパンジーと同じくらいでした。にもかかわらず、石器を使って動物を狩り、解体し、火を使って調理していたようです。


 フローレス原人のDNAは、まだ解析されていないと思います。温暖で湿潤なインドネシアでは、DNAが残っていないからです。祖先は、誰なのか。どこから来たのか。なぜ小さくなったのか。まだまだ多くの謎が残されています。

           

 さて、デニソワ人です。どんな人たちだったのか、詳しいことは全く判っていません。なぜならDNA解析のみで発見された人類だからです。ペーボ博士の研究チームが2010年にネイチャーで発表しました。

 

 2008年にシベリア南部、アルタイ山脈山麓にある「デニソワ洞窟」で、米粒2つ分ほどの骨、おそらく子供の小指の先端と思われる欠片が発見されました。

 DNAを解析すると、現代人ともネアンデルタール人とも異なるものであることが判りました。骨格の証拠が全くないままに、新たな絶滅人類の存在を主張する論文は、世界で初めてでした。十分な化石がないので学名が付けられず、デニソワ人と仮に名付けられました。

 

 研究チームは、現代パプアニューギニア人の遺伝子の3~6%がデニソワ人由来であることを突き止めました。その他の私たちにも、1%未満ですが伝わっているようです。もちろん日本人にもです。

 まず、デニソワ人とネアンデルタール人の共通祖先と、私たちの祖先が分かれました。その後、デニソワ人とネアンデルタール人が分岐したようです。さらに、それぞれの間での交配が起こり、遺伝子が引き継がれたようです。

 

 これまで、デニソワ洞窟で見つかったデニソワ人の化石は、わずかに歯3本、小指の骨1本、頭蓋骨の欠片1つのみです。

 デニソワ洞窟以外では、中国のチベット高原で見つかった下あごの骨1つだけでした。しかしこの化石からはDNAが抽出されなかったため、骨に含まれるコラーゲンのアミノ酸配列を調べ、デニソワ人と推測しました。

 現代チベット人が高地に適応した性質を持っているのは、デニソワ人の遺伝子を引き継いでいるからではないか、と考えられています。

 

 冒頭で紹介した国際共同研究チームが分析した化石は、台湾の海底から発見され、2015年に台湾最古の人類化石として報告されていました。この化石でもDNAの抽出が試みられましたが、うまくいきませんでした。

 そして、今回は、タンパク質を抽出することに成功しました。タンパク質のアミノ酸を分析した結果、デニソワ人特有の配列が確認されたのです。

 化石が台湾にあったことで、デニソワ人がアジア南東部まで分布していたことが明らかになりました。

 

 DNA解析のみで発見されたデニソワ人。判っているのは、シベリアからアジアまで分布していたこと、その遺伝子が私たちまで受け継がれていること、そして下あごと歯の形。正体不明の古代人。顔の見えない人類なのです。どんな人たちだったのか、想像が掻き立てられます。

 

 見えない相手でも、想像することが大事だ。この文章も、皆さん一人ひとりの顔を思い浮かべながら書いている。ウソです。そりゃ無理無理。

や・そね

 

 

「台湾からデニソワ人—台湾最古の人類化石はデニソワ人男性の下顎骨だった—」           2025年4月11日 総合研究大学院大学プレスリリース

スヴァンテ・ペーボ(2015年)『ネアンデルタール人は私たちと交配した』 文藝春秋

日経サイエンス2010年2月号「フロレス原人の謎」

日経サイエンス2010年9月号「ネアンデルタール人は賢かった」

日経サイエンス2021年9月号「ゲノムで探るでデニソワ人の足跡」

日経サイエンス2022年12月号「絶滅人族のゲノム解読」

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 8(2019年8月号)「デニソワ人化石をチベットで発見」

ナショナルジオグラフィックNews2019年4月15日

           「デニソワ人に別グループ、アジアでまた驚きの発見」

ナショナルジオグラフィックNews 2023年3月16日

            「ネアンデルタール人とは、どんなヒトだった? なぜ絶滅したのか」