オジさんの科学

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中学生が発見し、そして未だに解けない謎

オジさんの科学vol.123 2026年3月号

中学生が発見し、そして未だに解けない謎

 

 素朴な疑問を持ち続けることが、大きな発見につながることもある。ある時、中学生のムペンバ君は、熱い水の方が冷たい水より早く凍ることに気づいた。その後、この現象は、「ムペンバ効果」と呼ばれるようになった。

 

 1963年当時、タンザニアのマガムバ中学校の3年生だったムペンバ君たちは、学校でよくアイスクリームを作っていました。牛乳を沸騰させて砂糖を混ぜ、冷蔵庫の冷凍室で冷やして固めるのです。熱いままだと故障の原因となるため、室温近くまで冷ましてからに入れることにしていました。

 

 ある日、ムペンバ君は地元のおばさんから牛乳を買って、沸騰させていました。するとそれを見た別の少年が、牛乳に砂糖を混ぜ、沸騰させずに製氷皿に注ぎ込みました。

 多くの生徒がアイスクリームを作ろうとするので、冷凍室の場所取りは早い者勝ちでした。慌てたムペンバ君は、冷めるのを待っていては間に合わないと思い、熱いままの牛乳を冷凍室に入れました。冷蔵庫を壊す覚悟だったそうです。

 

 1時間半後に、その少年と一緒に見に行くと、ムペンバ君の製氷皿は凍ってアイスクリームになっていました。ところが、少年のものは、まだドロドロだったそうです。

 不思議に思ったムペンバ君は、なぜ熱い牛乳の方が先に凍ったのか、と物理の先生に尋ねました。すると先生は、そんなことはあり得ない、君は混乱していると答えたそうです。

 その時は、ムペンバ君も「そうだよなぁ」と思ったそうです。

 

 ところがその後、町でアイスクリーム売りをしている友だちから、「アイスクリームを作るときは、熱いうちに冷蔵庫に入れるんだ。そうすれば早く出来る」と聞きました。アイスクリーム作りを5年もやっている兄さんから教わったとのことでした。別のアイスクリーム売りからも、同じ答えが返ってきました。

 

 高校に進んだムペンバ君は、「熱」に関する物理の授業の時に、アイスクリームのことを思い出しました。「先生、熱い牛乳と冷たい牛乳を冷蔵庫に入れたら、どうして熱い方が先に凍るのですか」と質問したそうです。

 先生は「そんなことは無いと思うよ」と答えました。ムペンバ君が自分の経験から食い下がると、「君は混乱してるよ。それは世の中の一般的な物理学ではなく『ムペンバの物理学』だ」とまで言われたそうです。

 それ以来、ムペンバ君が何か間違えると、クラスの全員から「ムペンバの××」と言われるようになったそうです。計算間違えをすると「それは、ムペンバの数学だ」という風に。

 

 悔しかったのでしょう。ムペンバ君は、誰もいないのを見計らって生物学実験室で試してみました。50ccのビーカーの一つに水道水を、一方に熱湯を満たして、実験室の冷蔵庫の冷凍室に入れたそうです。1時間後に開けてみると、熱水を入れたビーカーの方に多くの氷が張っていたそうです。

 

 ダルエスサラーム大学の物理学者デニス・オズボーン博士が講演に訪れた際、ムペンバ君は質問をしました。

 クラスメートはみんな笑っていたそうです。「ムペンバの物理学だ」とからかわれました。

 博士も最初は、「え、なんだって、もう一度言ってくれないか」と聞き返したそうです。ムペンバ君が実際に試したことを聞くと、「私には、何故だかわからない。でも実験してみよう」と約束してくれたそうです。

 

 博士も、ムペンバ君は間違っていると思ったそうです。しかし、学生が疑問を持ち批判的な態度を養うことは大事だと考え直しました。笑ってはいけないと。また、日常の出来事は見かけほど単純ではない、とも思っていたそうです。

 大学の若い技術者に実験を依頼すると、「熱い状態から始めた水の方が先に凍りました」と報告してきました。また、このような現象を扱った文献も見つかりませんでした。そこで更なる実験を行うことにしました。

 

 1969年にムペンバ君とオズボーン博士は、「2つの温度の水を冷やした時、熱い方から先に凍ることがある」という内容の論文を発表しました。

 対流や水の表面の急激な熱損失が関係しているのではないかという仮説を提示しました。しかし、他にも要因があるかもしれず、より洗練された実験が必要だと結びました。

 

 これによりこの現象は「ムペンバ効果」と呼ばれるようになりました。

 その後、世界中の科学者によって研究が行われてきました。比較的簡単にできる実験であるため、多くの報告がなされましたが、結果はバラバラで、発生条件やメカニズムは依然として謎のままでした。

 

 日本でも、2010年に日本雪氷学会が中心となり、北海道大学、北見工業大学、防災科学研究所、中央農業総合センター、大阪教育大学などのチームによって、5つの異なる実証実験が行われました。その結果、たしかにムペンバ効果が起こることが確認されました。ところが同じような条件にしても起こったり起こらなかったりでした。

 「冷却に関する熱伝導、蒸発、拡散、対流などの細かな物理メカニズムは人為的にコントロールできないため、実験毎に異なる結果になったと考えられる」とまとめています。

 

 実はこのムペンバ効果を、アリストテレスやフランシスコ・ベーコン、ルネ・デカルトも知っていたようです。その他にもムペンバ効果と思われる13世紀や15世紀の記述や、各地での言い伝えがあるそうです。この謎には二千年以上の歴史があるようです。

 

 昨年3月に京都大学は、「熱的マジョライゼーション」という数学的⼿法を導⼊し、ムペンバ効果の理解に向けた統⼀的な理論枠組みを開発した、と発表しました。この理論を基にした実験的検証が進めば、熱機関や量⼦コンピュータなどの分野への応⽤も期待される、と言っています。

 今年3月には電気通信大学などの研究チームから、「量子ムペンバ効果」のメカニズムを解明した、という発表がありました。「より対称性を破った状態の方が、なぜか先に対称性を回復してしまう」という現象だそうです。

 両方とも、むずかしすぎてオジさんにはよくわかりません。

 元祖ムペンバ効果は未だ解明されていませんが、その概念は量子論の世界にまで拡張され、研究が進んでいるようです。

 

 ムペンバ君は、その後天然資源管理(ナチュラル・リソース・マネジメント)を学び、タンザニア天然資源観光省や国際連合食糧農業機関(FAO) の「アフリカ森林および野生動物委員会」で働き、2023年5月に生涯を閉じた。

や・そね

  

<参考資料>

Mpemba, Erasto B.; Osborne, Denis G. (1969), “Cool?”, Physics Education (Institute of Physics)

前野紀一(2008)「湯と水くらべ」のサイエンス 日本雪氷学会誌『雪氷』70巻593-599ページ

前野紀一、他(2012)「ムペンバ現象の検証実験」 日本雪氷学会誌『雪氷』74巻33-45ページ

「ペンバ効果の統⼀理論を構築 ―熱的緩和現象の新たな理論枠組み―」2025年3月11日 京都大学プレスリリース

「『熱い方が先に凍る』現象の量子版、その機構を解明 -スピンの量子ゆらぎが磁気秩序を“ぼかし”、対称性の回復を加速する-」2026年3月6日 電気通信大学プレスリリース

WIKIPEDIA「Erasto B. Mpemba」(2026年3月22日閲覧)

ナショナルジオグラフィック別冊『科学の謎 研究者が悩む99の素朴な疑問』(2019年11月13日)