オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

シジュウカラは、言葉をあやつる。その1

オジさんの科学vol.100 2024年4月号

 


オジさんは、ゴジュウカラ始めた。

 定年後のボケ防止のために始めたこの連載に、毎月お付き合いいただき、ありがとうございます。お陰様で、一度も空けることなく100号に達することができました。

 定年が見え始めた頃、五十の手習いで科学ジャーナリスト塾に入りました。そこで、「むずかしいことをやさしく」書くこと、と教わりました。偶然にも高校の先輩にあたる井上ひさしさんの言葉でした。

 

 塾へは、3年ほど通いました。新聞社やテレビ局、出版社の科学担当者やフリーのジャーナリストの方々が講師でした。座学が1年、演習で2年間記事づくりを学びました。添削を受け、何度も書き直しました。推敲を重ねれば重ねるほど、やさしくわかりやすい文章になることを知りました。

 

 伝えたいテーマや意見はもちろん重要ですが、使う言葉や語順を変えるだけで、伝わり方や意味が大きく変わります。きちんと並べないと意味が分からなくなったりもします。

 例えば「きれいなお姉さんの服」と言ったとします。きれいなのは「お姉さん」でしょうか、「お姉さんの服」でしょうか。運動会に「走って、来て」と、運動会に「来て、走って」では、全く違う行動になります。

 

語順によって意味が変わってしまうような「文法」は、ヒトだけが操れると考えられてきました。文法があるから「走って、来て」と「来て、走って」の意味の違いを理解できます。

 ヒト以外の生き物は、特定の鳴き声(単語)に対して特定の反応を返しているだけだ、と思われてきました。

 これを覆したのが、小鳥博士とも呼ばれる鈴木俊貴さんです。シジュウカラが文法を使っていることを発見。世界で初めて、人間以外も文法を用いることを証明しました。

 

シジュウカラは、いろいろな言葉を持っている。

 シジュウカラは、200種類ほどの鳴き声を使い分けるそうです。いろいろな鳴き声で仲間とコミュニケーションをとっているのです。

 

 例えば、天敵に応じた異なる言葉があるそうです。タカが来ると「ヒヒヒ」と鳴き、ヘビに対しては「ジャージャー」という警戒音を発します。これは天敵によって対処法が違うからだ、と鈴木さんは言っています。「タカが来たら隠れればいいけど、青大将が木を登ってきているのにじっとしていたら食べられてしまう。だから天敵の種類も伝えるのです」。

 

 タカに対する鳴き声を聞いた他のシジュウカラは、茂みの中に居たなら上空を警戒していれば大丈夫。でも、開けた場所にいたなら、直ちに身を隠さないと襲われてしまう。「ヒヒヒ」に対して柔軟な行動をとれる個体が生き残ったと考えられます。

 

 これを確認するために、鈴木さんは、まずシジュウカラがどういう天敵に対してどういう鳴き声を出すか調べました。ヘビやタカ、モズといった天敵の剝製を巣箱やエサ台のそばにおいて、それを見たシジュウカラの鳴き声を録音しました。すると、特定の天敵にしか出さない鳴き声があることがわかったそうです。

 

 次に、シジュウカラに聞こえるように、録音した鳴き声をスピーカーから流しました。「ジャージャー」を流すと、ヘビがいそうな地面を見まわして探したり、茂みを確認しに行きました。「ヒヒヒ」だと上空を警戒して空を見上げました。

 

シジュウカラには、文法がある。

 さらに、鈴木さんは、シジュウカラは文法を持っていることを実験で確かめました。

 

「ピーツピ・ヂヂヂヂ」これは、シジュウカラが集団でタカやモズなどの天敵を追う払う際に、発する鳴き声です。「ピーツピ」は「警戒しろ!」という意味。天敵が来た時に使います。「ヂヂヂヂ」は「集まれ!」。エサを見つけた個体が仲間を呼ぶときなどに発するそうです。

 鈴木さんは、「ピーツピ・ヂヂヂヂ」は「警戒して・集まれ」ではないかと考えました。

 

「走って、来て」と「来て、走って」は意味が違います。鈴木さんは録音した「ピーツピ・ヂヂヂヂ」をパソコンで編集し「ヂヂヂヂ・ピーツピ」を作って聞かせました。

「ピーツピ・ヂヂヂヂ」を流すと、シジュウカラたちは警戒しながらスピーカーに集まってきたそうです。ところが「ヂヂヂヂ・ピーツピ」では反応しませんでした。

         



 2016年に当時、総合研究大学院大学研究員だった鈴木さんがこの論文を発表すると、ヒト以外の動物で初めて文法能力が確認されたと、注目が集まりました。

 

オジさんも、語順には気を遣う。

 世のオジさんたちが社内を生き抜くのは、大変です。上司の動きには常に「ピーツピ」です。「ヂヂヂヂ」と言っても、部下は簡単には集まってくれません。言葉の順番にも細心の注意を払います。

「お誘いいただき大変光栄ですが、今回はご遠慮させていただきます」。

「良く出来た企画書だね。後はもう少し具体案を考えればいいね」。

 先ず感謝の言葉や誉め言葉、その後にさり気なく言いたいことを付け加えます。


 2017年、京都大学の研究員となった鈴木さんは、前年発表した実験だけでは、文法の証明にはならないのではないか、と自ら考えを改めました。

シジュウカラは、言葉をあやつる。その2に続く。

 

 

<参考資料>

山極寿一 鈴木俊貴 『動物たちは何をしゃべっているのか』  集英社

            https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-790115-3

鈴木俊貴監修 『にんじゃシジュウカラのすけ』 世界文化社

            https://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/23823.html

「単語から文をつくる鳥類の発見」 2016年4月 総合研究大学院大学ニューズレター

https://www.soken.ac.jp/outline/pr/publicity/newsletter/file/30ebf62bf6c509fea79ce9a19cc8e142.pdf

「東大助教を辞め、5年任期の教員に・・・シジュウカラにすべてを捧げる『小鳥博士』の壮大すぎる野望」 2022年5月28日PRESIDENT Online

            https://president.jp/articles/-/57657?page=1