オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

シジュウカラは、言葉をあやつる。その1

オジさんの科学vol.100 2024年4月号

 


オジさんは、ゴジュウカラ始めた。

 定年後のボケ防止のために始めたこの連載に、毎月お付き合いいただき、ありがとうございます。お陰様で、一度も空けることなく100号に達することができました。

 定年が見え始めた頃、五十の手習いで科学ジャーナリスト塾に入りました。そこで、「むずかしいことをやさしく」書くこと、と教わりました。偶然にも高校の先輩にあたる井上ひさしさんの言葉でした。

 

 塾へは、3年ほど通いました。新聞社やテレビ局、出版社の科学担当者やフリーのジャーナリストの方々が講師でした。座学が1年、演習で2年間記事づくりを学びました。添削を受け、何度も書き直しました。推敲を重ねれば重ねるほど、やさしくわかりやすい文章になることを知りました。

 

 伝えたいテーマや意見はもちろん重要ですが、使う言葉や語順を変えるだけで、伝わり方や意味が大きく変わります。きちんと並べないと意味が分からなくなったりもします。

 例えば「きれいなお姉さんの服」と言ったとします。きれいなのは「お姉さん」でしょうか、「お姉さんの服」でしょうか。運動会に「走って、来て」と、運動会に「来て、走って」では、全く違う行動になります。

 

語順によって意味が変わってしまうような「文法」は、ヒトだけが操れると考えられてきました。文法があるから「走って、来て」と「来て、走って」の意味の違いを理解できます。

 ヒト以外の生き物は、特定の鳴き声(単語)に対して特定の反応を返しているだけだ、と思われてきました。

 これを覆したのが、小鳥博士とも呼ばれる鈴木俊貴さんです。シジュウカラが文法を使っていることを発見。世界で初めて、人間以外も文法を用いることを証明しました。

 

シジュウカラは、いろいろな言葉を持っている。

 シジュウカラは、200種類ほどの鳴き声を使い分けるそうです。いろいろな鳴き声で仲間とコミュニケーションをとっているのです。

 

 例えば、天敵に応じた異なる言葉があるそうです。タカが来ると「ヒヒヒ」と鳴き、ヘビに対しては「ジャージャー」という警戒音を発します。これは天敵によって対処法が違うからだ、と鈴木さんは言っています。「タカが来たら隠れればいいけど、青大将が木を登ってきているのにじっとしていたら食べられてしまう。だから天敵の種類も伝えるのです」。

 

 タカに対する鳴き声を聞いた他のシジュウカラは、茂みの中に居たなら上空を警戒していれば大丈夫。でも、開けた場所にいたなら、直ちに身を隠さないと襲われてしまう。「ヒヒヒ」に対して柔軟な行動をとれる個体が生き残ったと考えられます。

 

 これを確認するために、鈴木さんは、まずシジュウカラがどういう天敵に対してどういう鳴き声を出すか調べました。ヘビやタカ、モズといった天敵の剝製を巣箱やエサ台のそばにおいて、それを見たシジュウカラの鳴き声を録音しました。すると、特定の天敵にしか出さない鳴き声があることがわかったそうです。

 

 次に、シジュウカラに聞こえるように、録音した鳴き声をスピーカーから流しました。「ジャージャー」を流すと、ヘビがいそうな地面を見まわして探したり、茂みを確認しに行きました。「ヒヒヒ」だと上空を警戒して空を見上げました。

 

シジュウカラには、文法がある。

 さらに、鈴木さんは、シジュウカラは文法を持っていることを実験で確かめました。

 

「ピーツピ・ヂヂヂヂ」これは、シジュウカラが集団でタカやモズなどの天敵を追う払う際に、発する鳴き声です。「ピーツピ」は「警戒しろ!」という意味。天敵が来た時に使います。「ヂヂヂヂ」は「集まれ!」。エサを見つけた個体が仲間を呼ぶときなどに発するそうです。

 鈴木さんは、「ピーツピ・ヂヂヂヂ」は「警戒して・集まれ」ではないかと考えました。

 

「走って、来て」と「来て、走って」は意味が違います。鈴木さんは録音した「ピーツピ・ヂヂヂヂ」をパソコンで編集し「ヂヂヂヂ・ピーツピ」を作って聞かせました。

「ピーツピ・ヂヂヂヂ」を流すと、シジュウカラたちは警戒しながらスピーカーに集まってきたそうです。ところが「ヂヂヂヂ・ピーツピ」では反応しませんでした。

         



 2016年に当時、総合研究大学院大学研究員だった鈴木さんがこの論文を発表すると、ヒト以外の動物で初めて文法能力が確認されたと、注目が集まりました。

 

オジさんも、語順には気を遣う。

 世のオジさんたちが社内を生き抜くのは、大変です。上司の動きには常に「ピーツピ」です。「ヂヂヂヂ」と言っても、部下は簡単には集まってくれません。言葉の順番にも細心の注意を払います。

「お誘いいただき大変光栄ですが、今回はご遠慮させていただきます」。

「良く出来た企画書だね。後はもう少し具体案を考えればいいね」。

 先ず感謝の言葉や誉め言葉、その後にさり気なく言いたいことを付け加えます。


 2017年、京都大学の研究員となった鈴木さんは、前年発表した実験だけでは、文法の証明にはならないのではないか、と自ら考えを改めました。

シジュウカラは、言葉をあやつる。その2に続く。

 

 

<参考資料>

山極寿一 鈴木俊貴 『動物たちは何をしゃべっているのか』  集英社

            https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-790115-3

鈴木俊貴監修 『にんじゃシジュウカラのすけ』 世界文化社

            https://www.sekaibunka.com/book/exec/cs/23823.html

「単語から文をつくる鳥類の発見」 2016年4月 総合研究大学院大学ニューズレター

https://www.soken.ac.jp/outline/pr/publicity/newsletter/file/30ebf62bf6c509fea79ce9a19cc8e142.pdf

「東大助教を辞め、5年任期の教員に・・・シジュウカラにすべてを捧げる『小鳥博士』の壮大すぎる野望」 2022年5月28日PRESIDENT Online

            https://president.jp/articles/-/57657?page=1

ドキドキが少ない話

オジさんの科学vol.099 2024年3月号

 


 緊張した時、怖い時、怒った時、不安な時にはドキドキします。運動すると、ちょっと速足で歩いただけでも心拍数は増大します。自律神経と酸素消費量によって簡単に左右されます。

 

 先日のゴルフで、崖下の林に打ち込んでしまいました。急いで駆け下りてボールを探し、ドキドキのままで打ったら、立ち木に当たり、より奥に入ってしまいました。

 また打とうと思ったら、後から林に打ち込んでやって来た隣のホールのおじさんが訳の分からない文句を言い始めました。「エッなに?」小心者の心拍数は、さらに上がりました。もちろん二度目も脱出に失敗しました。

 動物も、危険を察知した時や敵から逃げる時、獲物を追う時には、心拍数が増加すると思います。でも今回は、逆に心拍数が少なくなる時のお話です。

 

 東京大学の研究チームが、「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する」という発表を行った。研究チームは、アカウミガメの甲羅に、特殊な電極を張り付けた心拍数計と行動記録計を取り付けた。夏の三陸沖の海を自由に泳ぐアカウミガメの心拍数と潜水行動を計測した。

 

 海には、様々な肺呼吸生物が生息する。クジラやアザラシ、ペンギン、ウミガメなどは、息を止めた状態で深く長く潜水することができる。クジラの仲間には3時間を超える潜水を行うものがおり、アザラシの仲間は2時間、ペンギンも20分程度息を止めていられるようだ。これまで海生の哺乳類や鳥類については、潜水中の心拍数が調べられてきた。ところが、爬虫類であるウミガメは、甲羅が邪魔でセンサーが使えず、ほとんど研究されていなかった。

 

 今回の研究で、アカウミガメは数分から63分の間で潜水し、最大153mの深さに達していた。海面で呼吸するときの心拍数は、1分間に約21回であったが、潜水すると約13回に減少した。深く潜るほど低下し、140mより深く潜ったときには、1分間に2回になった。

 

 海生の哺乳類や鳥類では、深く潜るほど心拍数が下がることが知られていた。シロナガスクジラの場合、海面では25~37回だった心拍数が、最低2回まで下がった。今回、爬虫類でも同様なことが判った。潜水するときの心拍数の低下は、肺呼吸動物に共通の生理的な仕組みだと考えられる、と研究チームは語っている。

 

 では、ヒトではどうなのだろうか。同様に、潜水時には心拍数が低下し、深くなるほど少なくなるようだ。潜水反射と呼ばれ、心拍数を減らすことにより酸素の消費を減らし、心臓や脳など生きていくために必須な臓器中心に血液を送るそうだ。

 

 

       


 ヒトの場合、様々な感情や状態によっても心拍数は変化する。早稲田大学の研究チームは、「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」と発表した。他者の存在は、ヒトの気持ちを変化させると同時に、心拍数などの生理的反応も変化させる。

特に他者とコミュニケーションを取るとき、快適だと感じる空間がある。この空間は、「パーソナルスペース」と呼ばれる。

 今回の研究は、親しい友人が近しい距離内でどのような位置にいるときに、副交感神経活動が活性化し、心拍数が減るかを明らかにした。

 

 研究には、親しい間柄の友人16組が参加した。2人が様々な位置に立ったときの心拍数を心電図で確認した。立ち位置の条件は8つ設定された。「正面から友人の顔を見ている」「友人の右横顔を見ている」「友人の左横顔を見ている」「友人の背中を見ている」「友人に右横顔を見られている」「友人に左横顔を見られている」「友人に背中を見られている」「背中合わせに立つ」だ。

 

 その結果、正面から友人の顔を見ているときは、心拍数が減ることが判った。この場合、両者が向かい合っているのだから、双方ともに心拍数が減っていることなる。

 また、正面ほどではないが、友人の右横顔を見ているときと友人に右横顔を見られているときも心拍数が低下した。この場合も、見ている側も見られている側も双方低下していることになる。この結果は、利き手と関係しているかもしれないと研究チームは言っているが、検証には至っていないようだ。

 その他の場合には、心拍数は変化しなかった。

 

 親しい人とおしゃべりする時や食事をする時には、向かい合って座るのが良いようだ。友人の右顔が見える位置に座るのも良いが、この場合友人には、ずっと正面を向いていてもらわないといけない。

 

 世の中ドキドキするようなニュースや出来事が多すぎます。たまには、深い海をゆったりと泳ぐウミガメに思いをはせたり、親しい人の横顔をそっと眺めてみたりするのは如何でしょうか。

 

<参考資料>

「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する ―アカウミガメが海を深く潜るときの驚くべき心拍数―」2024年3月6日 東京大学プレスリリース

 

「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」 2024年3月6日 早稲田大学プレスリリース

 

ナショナルジオグラフィックニュース2013年6月17日「海生哺乳類が長く潜水できる理由」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8078/

 

ナショナルジオグラフィックニュース2014年3月28日「哺乳類最強の潜水能力?アカボウクジラ」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9077/?utm_source=pocket_saves

 

ニューズウィーク日本版2020年9月29日「3時間42分にわたって潜水するクジラが確認される」

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/09/342-1.php?utm_source=pocket_saves

 

日経グッディ2016年3月7日「大きく分厚い“スポーツ心臓” それって病気?激しい運動を続けると、心臓が大きく、安静時心拍数が少なくなることも」

 

本川達夫 「動物の時間から人間の寿命を考える」 日本人間ドック学会誌vol.13 1999年

 

彭 恒 「息こらえ潜水における循環応答に関する研究」 早稲田大学審査学位論文 2023年

 

オジさんの科学vol.055「夏ですが、冬眠の話です。」2020年7月0

            https://note.com/kosuzu_kouchan/n/n9b82560f9bfb

 

 

ドキドキが少ない話

オジさんの科学vol.099 2024年3月号

 

 緊張した時、怖い時、怒った時、不安な時にはドキドキします。運動すると、ちょっと速足で歩いただけでも心拍数は増大します。自律神経と酸素消費量によって簡単に左右されます。

 

 先日のゴルフで、崖下の林に打ち込んでしまいました。急いで駆け下りてボールを探し、ドキドキのままで打ったら、立ち木に当たり、より奥に入ってしまいました。

 また打とうと思ったら、後から林に打ち込んでやって来た隣のホールのおじさんが訳の分からない文句を言い始めました。「エッなに?」小心者の心拍数は、さらに上がりました。もちろん二度目も脱出に失敗しました。

 動物も、危険を察知した時や敵から逃げる時、獲物を追う時には、心拍数が増加すると思います。でも今回は、逆に心拍数が少なくなる時のお話です。

 

 東京大学の研究チームが、「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する」という発表を行った。研究チームは、アカウミガメの甲羅に、特殊な電極を張り付けた心拍数計と行動記録計を取り付けた。夏の三陸沖の海を自由に泳ぐアカウミガメの心拍数と潜水行動を計測した。

 

 海には、様々な肺呼吸生物が生息する。クジラやアザラシ、ペンギン、ウミガメなどは、息を止めた状態で深く長く潜水することができる。クジラの仲間には3時間を超える潜水を行うものがおり、アザラシの仲間は2時間、ペンギンも20分程度息を止めていられるようだ。これまで海生の哺乳類や鳥類については、潜水中の心拍数が調べられてきた。ところが、爬虫類であるウミガメは、甲羅が邪魔でセンサーが使えず、ほとんど研究されていなかった。

 

 今回の研究で、アカウミガメは数分から63分の間で潜水し、最大153mの深さに達していた。海面で呼吸するときの心拍数は、1分間に約21回であったが、潜水すると約13回に減少した。深く潜るほど低下し、140mより深く潜ったときには、1分間に2回になった。

 

 海生の哺乳類や鳥類では、深く潜るほど心拍数が下がることが知られていた。シロナガスクジラの場合、海面では25~37回だった心拍数が、最低2回まで下がった。今回、爬虫類でも同様なことが判った。潜水するときの心拍数の低下は、肺呼吸動物に共通の生理的な仕組みだと考えられる、と研究チームは語っている。

 

 では、ヒトではどうなのだろうか。同様に、潜水時には心拍数が低下し、深くなるほど少なくなるようだ。潜水反射と呼ばれ、心拍数を減らすことにより酸素の消費を減らし、心臓や脳など生きていくために必須な臓器中心に血液を送るそうだ。

 

 

       


 ヒトの場合、様々な感情や状態によっても心拍数は変化する。早稲田大学の研究チームは、「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」と発表した。他者の存在は、ヒトの気持ちを変化させると同時に、心拍数などの生理的反応も変化させる。

特に他者とコミュニケーションを取るとき、快適だと感じる空間がある。この空間は、「パーソナルスペース」と呼ばれる。

 今回の研究は、親しい友人が近しい距離内でどのような位置にいるときに、副交感神経活動が活性化し、心拍数が減るかを明らかにした。

 

 研究には、親しい間柄の友人16組が参加した。2人が様々な位置に立ったときの心拍数を心電図で確認した。立ち位置の条件は8つ設定された。「正面から友人の顔を見ている」「友人の右横顔を見ている」「友人の左横顔を見ている」「友人の背中を見ている」「友人に右横顔を見られている」「友人に左横顔を見られている」「友人に背中を見られている」「背中合わせに立つ」だ。

 

 その結果、正面から友人の顔を見ているときは、心拍数が減ることが判った。この場合、両者が向かい合っているのだから、双方ともに心拍数が減っていることなる。

 また、正面ほどではないが、友人の右横顔を見ているときと友人に右横顔を見られているときも心拍数が低下した。この場合も、見ている側も見られている側も双方低下していることになる。この結果は、利き手と関係しているかもしれないと研究チームは言っているが、検証には至っていないようだ。

 その他の場合には、心拍数は変化しなかった。

 

 親しい人とおしゃべりする時や食事をする時には、向かい合って座るのが良いようだ。友人の右顔が見える位置に座るのも良いが、この場合友人には、ずっと正面を向いていてもらわないといけない。

 

 世の中ドキドキするようなニュースや出来事が多すぎます。たまには、深い海をゆったりと泳ぐウミガメに思いをはせたり、親しい人の横顔をそっと眺めてみたりするのは如何でしょうか。

 

<参考資料>

「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する ―アカウミガメが海を深く潜るときの驚くべき心拍数―」2024年3月6日 東京大学プレスリリース

 

「眼前の友人の存在は心拍数の減少を引き起こす」 2024年3月6日 早稲田大学プレスリリース

 

ナショナルジオグラフィックニュース2013年6月17日「海生哺乳類が長く潜水できる理由」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8078/

 

ナショナルジオグラフィックニュース2014年3月28日「哺乳類最強の潜水能力?アカボウクジラ」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9077/?utm_source=pocket_saves

 

ニューズウィーク日本版2020年9月29日「3時間42分にわたって潜水するクジラが確認される」

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/09/342-1.php?utm_source=pocket_saves

 

日経グッディ2016年3月7日「大きく分厚い“スポーツ心臓” それって病気?激しい運動を続けると、心臓が大きく、安静時心拍数が少なくなることも」

 

本川達夫 「動物の時間から人間の寿命を考える」 日本人間ドック学会誌vol.13 1999年

 

彭 恒 「息こらえ潜水における循環応答に関する研究」 早稲田大学審査学位論文 2023年

 

オジさんの科学vol.055「夏ですが、冬眠の話です。」2020年7月0

            https://note.com/kosuzu_kouchan/n/n9b82560f9bfb

 

 

白くて丸くて寒い

オジさんの科学vol.098 2024年2月号

 暖冬と言われる。地球温暖化と騒がれる。雪を待っているうちに、オープンできなかったスキー場もあるらしい。オジさんが子供の頃は、もっと寒かったし雪も多かった。

 

 学生時代は、ヒッチハイクやら野宿やらで、フラフラしていた。大学1年の冬、同期とフラフラ真冬の北海道に行った。ヒッチハイクはできないので周遊券を買った。さすがに野宿をする勇気はなかった。贅沢なユースホステル泊りは稀。列車や無人駅に泊まった。ある日、オホーツク海沿岸の無人駅に泊まろうと雪のホームに降り立った。ところが4畳半もない駅舎は、窓ガラスが無く、吹きっ晒し。手持ちのシートで窓を塞ぎ、シュラフにもぐり込んだ。翌朝、目を開くと真っ白だった。シートは吹っ飛び、顔に雪が積もっていた。ラジオは、最低気温がマイナス17℃だったと告げていた。

 

 かつて地球全体が、ずっと寒かった時期がある。今から2万年ほど前、いわゆる氷河期には、年間平均気温が今より5~6℃も低かった。マンモスがいて、人類の祖先はベーリング海峡を歩いてアメリカ大陸に渡った。

 しかし最近、氷河期も比較にならない程の寒い時期があったことが判ってきた。赤道付近の年間平均気温が、マイナス30℃以下だったと考えられている。

 

 学部のフィールドワークで塩釜漁港の冷凍倉庫に入った。マイナス30℃。あっという間に鼻毛が凍る。息をすると痛い。

 ちなみに、南極の昭和基地が観測以来記録した最低気温は、マイナス45.3℃。年間平均気温は、マイナス10℃だそうだ。



 海もすべて凍った状態になる。全体が氷で覆われた地球を宇宙から見ると、白く輝いていたはずだ。「スノーボールアース」と名付けられた。日本語では「全球凍結」「全地球凍結」などと呼ばれる。

 スノーボールアース仮説は、1992年米国カルフォルニア工科大学のジョセフ・カーシュビンク博士によって提唱された。

 

 地層に残る磁気を分析すると、地層が形成された時の緯度が判る。古地磁気学という分野だ。1986年、「南オーストラリアにある6~7億年万の氷河性堆積物の地層ができた時の緯度は、5度であることが判った」という論文が発表された。ほぼ赤道直下である。

 

 古地磁気学の専門家のカーシュビンク博士は、これを信じなかった。きちんと検証すれば、誤りを証明できると考えた。地層の褶曲による影響なども考慮し、調べなおした。すると間違いではないことが判った。なんと赤道直下に南極の様な氷床があったことを、自ら証明してしまったのだ。博士は、非常に複雑な心境になったそうだ。そしてある日、博士はベッドに横たわっているときに素晴らしいアイディアを思いついた。それがスノーボールアース仮説だった。

 

 スノーボールアース仮説は、様々な議論や反論を呼んだ。1998年に米国ハーバード大学のポール・ホフマン教授が、科学誌『Science』にスノーボールアースの決定的な証拠を発見したと発表した。世界各地で見られる6~7億年前の氷河系堆積物に付随してみられる地層の様々な特徴や謎をスノーボールアースによって説明できると言った。

 

 現在でも、詳細については議論が続いている。しかし大枠では受け入れられているようだ。では、なぜスノーボールアースになったのか。

 地球の気温は、「太陽からのエネルギー供給」、「地表の反射率」「大気の温室効果」の3つによって決まる。雲や塵で太陽が隠されると、光が地表に届かなくなり気温は下がる。地面が白い雪や氷におおわれると、反射率が増して気温が下がる。大気中の二酸化炭素などが減ると、温室効果が低下し気温が下がる。しかし、何が原因でこれらのどれが起こったのか、残念ながら確定していない。

 

 2月9日、学術誌『Science Advances』に新説が発表された。小惑星の衝突だ。衝突によって巻き上げられた塵がどのような影響を及ぼすか、様々なシミュレーションが行われた。恐竜を絶滅させた時の様な、暖かい時期には凍りつくことはなかった。一方、すでに気候が寒冷になっている場合は、スノーボール状態になる可能性が示された。


 スノーボール状態は、数百万年続いたと推測されている。では、そこからどのように脱出したのだろうか。ざっくりいうと「超温室効果」。スノーボールアースをよく見ると、ところどころにニキビが見えたはずだ。火山だ。火山活動は、気温には影響されない。

 スノーボールアースの大気は、水分がすべて凍ってしまっているため、冷たく乾いている。雨がないので火山から放出されたCO2が除去されない。COはどんどん溜まり、激しい温室効果を発揮し、気温を上昇させたと考えられている。

          



 6~7億年前のスノーボールアースは、2回あったと推測されている。さらに昔、22億年前にも起こったのではないかと考えられている。そして両方ともその前後に、地球上の酸素が急激に増大した。

 また、生物の爆発的な進化が、スノーボールアース直後に起こったとも言われる。

 大きな試練が、生物進化の引き金になったのかもしれない。オジさんも、いろいろな寒さを経験した。酔って寝込んだ雪の中からカミさんに救出してもらったこともある。社内の冷たい視線や世間の風当たりの強さにも耐え忍んだ。だから、・・・・・・・。

 

<参考資料>

書籍

『凍った地球 スノーボールアースと生物進化の物語』 田近英一 新潮社選書

『地球46億年気候変動』 横山祐典 BLUE BACKS

 

雑誌

日経サイエンス』2000年4月号 氷に閉ざされた地球

 

WEB

ナショナルジオグラフィックニュース2024.02.16

 「スノーボールアース」、小惑星の衝突が引き金だった、新説

            https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/24/021500093/

 

気象庁ホームページ 昭和基地

https://www.data.jma.go.jp/env/ghg_obs/station/station_syowa.html

 

国立極地研究所ホームページ 研究成果 

『最終氷期南極大陸の気温低下と氷床高度の見積もりを刷新』

https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20210617-3.html

あったら飲むか?ノンアルビール。

オジさんの科学vol.097 2024年1月号

あったら飲むか?ノンアルビール。

 

 先日、人間ドックに行ってきた。速報値では、とりあえず特に大きな異常はなかった。内視鏡検査で胃に腫瘍が見つかったが、「去年と同じですね」と言われたので、OK。長年居座っている良性の腫瘍だ。

 人間ドックの前に1ヶ月ほど禁酒をする先輩がいた。検査が終わった日から残りの11ヶ月は、浴びるように飲んでいた。体に良いのか悪いのか。入社前の健康診断の前の日に酒を飲み、血液検査の結果に響いて、入社が危うくなった後輩もいた。

 

 人間ドックや健康診断直前の2、3日はお酒を飲まないことにしている。今回は、前日、前々日とノンアルコールビールにした。飲みたい気分だが飲んじゃいけない時は、ノンアルコール飲料やアルコールテイスト飲料(以下合わせてノンアル飲料と呼ぶ)の出番だ。

 人間ドックの結果次第では、アルコールを控えるように言われる人もいるだろう。肝機能値が高かったり、糖尿病の気があったり。肥満気味の人もそうかも。とは言われても、なかなか減らないのがアルコール。ノンアル飲料は、代替になるのだろうか。

 

 昨年の11月に厚生労働省から、生活習慣病のリスクを高めるアルコール摂取量のガイドライン案が発表された。男性で1日当たり40g以上、女性の場合は20g以上とされた。なぜ男性が女性より多いのか、よくわからないが。

 

 過剰なアルコールの摂取は、世界的な課題の一つ。SDGsの中にも含まれている。過剰なアルコール摂取を減らす対策としてノンアル飲料の利用が考えられているそうだ。しかしこれまで、ノンアル飲料が飲酒量に与える影響に関するデータがなかった。

 

 筑波大学などの研究チームは、「ノンアルコール飲料の提供で飲酒量が減少することを世界で初めて実証」と発表した。

 ノンアル飲料を提供することで、飲酒量が減少することが分かった。アルコール飲料からノンアル飲料への置き換わりが起こったと考えられる。

 

 今回の研究は、アルコール依存症の患者、妊娠中や授乳中の人、過去に肝臓の病気と言われた人を除いた健康な男女を対象に行った。参加条件は、20歳以上で、週に4回以上飲酒し、飲酒日のアルコールの量が、男性で40g、女性で20g以上の人(厚生労働省ガイドライン案と同じだ)。かつノンアル飲料は、月1回以下しか飲まないこと。

 残念ながら、オジさんは条件から外れてしまう。定年し、コロナ禍になり、回数も酒量もだいぶ減ってしまったのだ。

 

 女性が69名、男性は54名の計123名が参加した。年齢分布は22歳から72歳までで、平均が47.5歳だった。

参加者は、無作為に次の2つのグループに分けられた。ノンアル飲料を無料で提供されるグループ(ノンアルGと呼ぶ)と何も提供されないグループ(アルコールGと呼ぶ)。

 ノンアルGには、12週間にわたってノンアル飲料が提供された。2021年の購入ランキングでビールテイスト商品の上位6品目とカクテルテイスト16商品の上位16品目の中から、提供商品を自由に選ぶことが出来た。でも、飲むか飲まないかは自由。

 アルコールGは、何もなし。

 

 


両グループともに、アルコール飲料の入手や飲酒に関して制約は設けなかった。お酒は勝手に飲んでよね、とした訳だ。

 参加者には、20週目までアルコール飲料ノンアルコール飲料の摂取量を記録してもらい、4週毎に集計した。

 

 ノンアルGは、実験が開始されるとアルコールの摂取量が減少し、ノンアル飲料が消費された(ちなみに、参加条件からわかるように、参加者はこれまでノンアル飲料をほとんど飲んでいない)。

 ノンアル飲料の提供が終る12週目の時点で、ノンアルGの1日のアルコール量摂取量は、平均11.5g減少していた。ビールに換算すると287.5mlに相当する。ちなみにその時点において、ノンアルコール飲料は1日平均314.3ml消費されていた。

 さらに、ノンアルGは、ノンアル飲料の提供終了後の13~20週においても、アルコールGよりもアルコール摂取量がずっと少なかった。

 

 研究チームは、ノンアルGについて、さらに詳しく分析した。

 男女ともにアルコールGと比較したアルコールの摂取量は減少しており、男女間での差はなかった。

 飲酒頻度を見ると男性は、最初の4週で若干の減少があったものの、それ以降はアルコールGの男性と差はなかった。ところがノンアルGの女性は、明らかに減っていた。

 逆に、飲酒した日のアルコール量を見ると、男性は減っていたにもかかわらず、女性の方は変化がなかった。

 男性は、ノンアル飲料とアルコール飲料をチャンポンで飲んでいたということなのか。一方で、女性は、飲む時は今までと変わらない量のアルコールを飲むが、ノンアルコール飲料休肝日を作っていたということだろうか。

 

 現役時代のオジさんも、に最初の1杯だけノンアルビールにしていたことを思い出した。とりあえずのビールは、ノンアルでも良いかも。

 つまみにもよるかもしれない。餃子にはビールと言われるが、これはノンアルビールでも良いかも。のどごしの良さがあれば問題ないと思う。揚げ物もOKかも。ノンアルチューハイも1~2杯なら代替できそうだ。ノンアルワインは、赤も白もイマイチだった。鍋の時は、やっぱり熱燗じゃないとなぁ。

 


や・そね

 

 

 

〈参考資料〉

プレスリリース

ノンアルコール飲料の提供で飲酒量が減少することを世界で初めて実証』

2023年10月5日 筑波大学

ノンアルコール飲料提供による飲酒量減少プロセスに性差あり』

2024年1月15日 筑波大学

 

ホームページ

アルコール健康医学協会 

https://www.arukenkyo.or.jp/health/base/index.html

2024年新春運試し  恐竜クイズ 解答編

年賀状をお読みいただき、ありがとうございます。わかったかな?

まずは、問題の確認から

1 2019年、兵庫県で発見された世界最小の恐竜卵化石につけられた名前は?

     1.カムイサウルス・ジャポニクス 

     2.ヤマトサウルス・イザナギ

     3.ヒメウーリサス・ムラカミイ

 ヒント:小さくてかわいい化石です。

2問 遠足で発掘体験に訪れた高校生が、久慈市の博物館で発見して話題になった化石は?

     1.ティラノサウルスの仲間 

     2.スピノサウルスの仲間 

     3.トリケラトプスの仲間

  ヒント:人気の恐竜です。

3問 中国の恐竜研究者が、発見した恐竜に大好きな日本のアニメに因んだ名前を付けました。その名前とは?

     1.シナントロプス・ガンダムス 

     2.エウブロンテス・ノビタイ 

     3.デイノケウルス・コナンクス

  ヒント:川崎市に作者のミュージアムがあります。

 

<解答>

第1問の答えは、3.ヒメウーリサス・ムラカミイ。

筑波大学兵庫県立自然の博物館などの国際研究チームが、兵庫県丹波市の前期白亜紀(約1億1000万年前)の地層から発見しました。発見された卵化石は、大きさが4.5×2cmでウズラの卵(推定約10g)ほどです。ヒメは、「小さい、可愛い」という意味の日本語、ウーリサスは「卵の石」という意味のギリシャ語です。ムラカミイは、丹波竜の発見者の村上茂氏に由来しています。

カムイサウルス・ジャポニクスは、北海道むかわ町から全身骨格化石が発見されて有名になった「むかわ竜」。ヤマトサウルス・イザナギイは、兵庫県淡路島南部の洲本市の地層から発見された恐竜です。

 

第2問の答えは、1.ティラノサウルスの仲間。

2019年に、岩手県の久慈琥珀博物館の発掘体験場を訪れた県内の高校生が、約9000万年前の白亜紀後期の地層から肉食恐竜ティラノサウルス類の歯の化石を見つけました。歯は上顎の前方のもので長さ約9mmでした。ここから推定された恐竜は小ぶりで、体長3m程度のようです。

ちなみに、ある恐竜関連のサイトが調査した人気ランキングによると、第1位がティラノサウルス 2位はスピノサウルス 3位がトリケラトプスでした。

 

第3問の答えは、2.エウブロンテス・ノビタイ。

2020年7月、中国四川省で恐竜の足跡の化石が見つかりました。足裏の長さは約30cmで、体長約4mと推定され、白亜紀の肉食の恐竜エウブロンテスの新種であると認められました。そして「のび太」にちなみ「エウブロンテス・ノビタイ」と名付けられました。

名前を提案したのは、中国地質大の邢立達(シン・リーダー)准教授。1982年生まれの邢准教授は、「のび太ドラえもんは、中国の1980年代生まれ子どもたちの共通した思い出の一つです」と語ったそうです。『のび太の恐竜』『のび太の新恐竜』は、中国の多くの子どもたちを恐竜好きにしたようです。

皆さまにとって、今年も良い年になりますように。

や・そね

 

クモ男は、現れるか?

オジさんの科学vol.096 2023年12月号

 

 スパイダーマンは、クモに噛まれたことで、特殊な能力を獲得します。クモの遺伝子が主人公の体の中で働き、糸を紡ぎます。
 しかしこの設定、さすがアメリカンコミックです。なんと荒唐無稽、妄想膨大、支離滅裂なこと。噛まれたぐらいで、他の生物の遺伝子が注入されてしまったら、ヘビ人間やモスキートマンが巷にあふれているはずです。そろそろクマ男も出現しているはずです。

 

 遺伝子は、親から子へと受け継がれていくものです。これを「遺伝子の垂直伝播」と呼びます。かつては、異なる生物の遺伝子が混じり合うなんてあり得ないと考えられていました。
 しかし近年、微生物などの遺伝子は、種の垣根を飛び越えて移動することがわかってきました。こちらは、「遺伝子の水平伝播」と呼ばれます。
 そして、より高等な生物においても、遺伝子の水平伝播が起こっていることが明らかになってきました。

 

 今年10月、理化学研究所などの研究チームは、寄生虫ハリガネムシがカマキリから獲得した遺伝子によってカマキリを操っている可能性を発表した。
 ハリガネムシは、全長は数cm~最大1m、直径は1~3mm 程度の細長い生き物。表面は固い殻のようなもので覆われている。だからハリガネムシ

 

 池や川などの水中で卵から生まれると、カゲロウやユスリカなどの水生昆虫に寄生する。やがてこれらの昆虫は羽化して、水辺から旅立つ。昆虫がカマキリに食べられると、ハリガネムシの幼虫もカマキリの体内に移動する。やがて成長すると、カマキリの行動を操るようになる。カマキリを池や川などに向かわせ、飛び込ませるのだ。いうまでもなく、カマキリは泳げない。おぼれたカマキリから脱出したハリガネムシは、水の中で交尾、産卵する。

 

 研究チームは、ハリガネムシとカマキリの全遺伝子を分析した。すると、カマキリの入水時に働いているのは、もっぱらハリガネムシの遺伝子群だった。それらは、カマキリが持つ遺伝子と非常によく似ていた。ハリガネムシは、元々カマキリが持っていた遺伝子を使い、カマキリの行動を操っていると考えられる。カマキリから遺伝子の水平伝播を受けることで、水中での繁殖が可能になった。

 

 長浜バイオ大学などの研究チームは、昨年4月に「ヘビの遺伝子がカエルに飛び移る?」と発表した。研究チームは、世界各地からヘビ20科106種、カエル28科149種を集め、主にヘビが特徴的に持つ遺伝子を分析した。すると、少なくとも42回の水平伝播が起こったことが示された。特に、マダガスカルでは、約5,000万年の間に14回以上の水平伝播が起こっていた。

 

 この水平伝播は、寄生虫によって仲介されている可能性が高い。研究チームは、脊椎動物の遺伝子水辺伝播は、マラリアなどの感染が蚊を媒介して広がるのとよく似たメカニズムで起こってかもしれないと考えている。

 

 その他にも、不凍たんぱく質の遺伝子の例がある。不凍たんぱく質は、低温でも体の凍結を防ぐ。ニシンとワカサギは、進化的に遠い関係だが、同じ種類の不凍たんぱく質を持っている。ニシンの遺伝子がワカサギへと水平伝播した結果だと考えられている。 
 また、ヒトを含む脊椎動物の目の網膜に係る遺伝子も、5億年以上も前に細菌から飛び移ってきたことが分かっている。

 

 哺乳類の胎盤もウイルス由来の遺伝子によって作られている。京都大学などの研究チームによると、3,000万年程前に祖先に取り込まれたという。
 ウイルスは、水平伝播に大きく寄与していると考えられている。現在の遺伝子治療や遺伝子編集の際にも、遺伝子の運び屋として様々なウイルスが利用されている。
 自然界には、遺伝情報をDNAに作り替え、細胞の染色体に遺伝子を組込むことができるレトロウイルスが多数存在する。胎盤を作る遺伝子もこれによって獲得されたと考えられている。ヒトのゲノムには10万個におよぶレトロウイルスのDNAの断片があり、ゲノム全体の8%がウイルス由来だと言われている。

 

 今年12月に、名古屋大学などの研究チームは、より単純な遺伝子導入の可能性を示した。
 6月、研究チームの代表者は、新幹線の中である妄想に耽っていた。DNAの溶液中で電気パルスを使って細胞膜に小さな穴をあけ、遺伝子を導入する手法がある。電気ウナギの放電によって、同じように周辺生物の遺伝子組み換えが起こるのではないか、と。

 

 電気ウナギを手に入れた研究チームは、実験対象としてゼブラフィッシュの幼魚を選んだ。これらを一緒に入れた水槽の水には、緑色蛍光タンパク質GFP)を作り出すDNAを混入させた。これが、ゼブラフィッシュの細胞に取り込まれてGFPを生産すれば、緑色に光ることで遺伝子の導入が確認できる。
 エサを入れると、電気ウナギは放電で攻撃しながら食いつく。これを繰り返したところ、約5%のゼブラフィッシュで緑色の発光が確認できた。

 

 自然の海や川にも、環境DNAと呼ばれるたくさんの遺伝情報が漂っています。それが偶然他の生物に取り込まれることもあるかもしれません。
 ヘビ遺伝子の研究チームは、「マダガスカルは、遺伝子水平伝播のホットスポット」、あるいは「水平伝播のパンデミックが起きている」と表現しています。約5,000万年間に14回も起きているということは、たった350万年に1回の頻度で遺伝子の移動が起きていることになります。
 そのうち、本物のスパイダーマンだって誕生するかもしれません。数百万年ほど待てば、クモから人間への遺伝子の水平伝播だって起きるかもしれないのだから。

や・そね

 

参考資料

プレスリリース

『哺乳類のゲノムに隠された古代ウイルス ―古代ウイルス特有の遺伝子制御機構の発見―』2021年11月10日 京都大学

『ヘビの遺伝子がカエルの飛び移る? ―寄生虫が仲介する遺伝子水平伝播のパンデミックー』2022年4月11日 長浜バイオ大学広島大学総合研究大学院大学山口大学早稲田大学

『カマキリを操るハリガネムシ遺伝子の驚くべき由来 -宿主から寄生虫への大規模遺伝子水平伝播の可能性―』2023年10月19日 理化学研究所京都大学、国立台湾大学大阪医科薬科大学神戸大学

デンキウナギの放電が細胞への遺伝子導入を促進する ~飼育下でのゼブラフィッシュ幼魚への蛍光タンパク質導入を確認~』2023年12月4日 名古屋大学京都大学

新聞

『「飛び移った」遺伝子で進化 ヒトの目もハリガネムシも』2023年11月25日 日本経済新聞電子版

書籍

カール・ジンマー/ダグラス・J・エムソン『進化の教科書 第3巻』BLUE BACKS 講談社