オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

諸般の事情でトピックス号

オジさんの科学vol.129 2026年9月号

 

諸般の事情により、今月のオジさんの科学は、直近の科学トピックス7選をお送りいたします。気になったものがあれば、お読みください。なお文章は、Geminiさんにお手伝いいただきました。

 

ラットも「おいしい!」と鳴いていた? AIが突き止めたネズミの食の満足感


美味しいものを食べたとき、思わず「うまい!」と声が出てしまうのは人間だけではないかもしれません。福井大学などの研究チームが、ラット(実験用ネズミ)がチョコレートを食べている最中に「おいしい」という満足感を表す特別な鳴き声を上げていることを発見しました。

 

ラットは普段、人間の耳には聞こえないとても高い音(超音波)で鳴いてコミュニケーションをとっています。これまで「食べ物を期待してワクワクしている時」の声は知られていましたが、実際に「食べている最中」の声はあまり調べられていませんでした。

そこで研究チームがAI(人工知能)を使って鳴き声を分析したところ、チョコを待っている時と食べている時で声の種類が違うことを発見。食べている最中は少し低めの声で、山型の特徴的な音を出していました。

さらに、脳で快感を感じにくくする薬を投与するとこの鳴き声が減ったことから、単なる咀嚼音ではなく「おいしい!」という感動や満足感を表している可能性が高いことが分かりました。

この研究が進めば、声から動物の食の満足感を客観的に測れるようになったり、味覚障害や過食や拒食などといった食欲異常への対応を可能にするかもしれません。さらには、動物が声で何を伝えようとしているのかを読み解く新しい入り口になるかもしれないと研究チームは言っています。

 

小惑星リュウグウは、太陽系初期の姿を残す「長老」だった! 45.65億年以上前の天体の残骸と判明

日本の探査機「はやぶさ2」が持ち帰った小惑星「リュウグウ」の砂。北海道大学などの研究グループが詳しく調べたところ、リュウグウのもととなった天体が今から45.65億年以上も前に誕生していたことが分かりました。

研究チームは、試料に含まれる鉱物が作られた時期と温度を精密に分析。その結果、この鉱物が作られた時期から逆算すると、もとの天体は太陽系ができてからわずか200万年以内に誕生していたことが突き止められました。

実は、地球に落ちてくる他の多くの隕石のもとになった天体は、これより後にできています。つまりリュウグウのもととなった天体は、他の天体に先駆けて生まれた「超・初期世代」の天体だったのです。現在のリュウグウは、その太古の天体がぶつかって壊れ、破片が再集結してできた残骸だと考えられます。

今回の発見は、太陽系ができたばかりの数百万年間に、複数世代にわたって天体が生まれていたことを示しています。太陽系や地球がどのようにして形作られていったのか、その謎を解き明かす大きな手がかりになりそうです。

 

世界の少子化パターンはたった2つ!  教育費の補助が出生率回復の鍵か?


世界中で進む少子化ですが、理化学研究所や東北大学の研究者が世界237の国と地域の人口データを分析したところ、少子化の進み方には「2つの決まったルート」があることが分かりました。

 

ひとつは1950年以前の先進国に見られた、寿命の伸びとともに赤ちゃんの数が「緩やかに減るルート」。

もうひとつは1950年以降の先進国と発展途上国に見られる、寿命が延びると「急激に出生率が落ち込むルート」です。現在少子化が進む発展途上国は、前者のルートを経ずに急激なルートへと至っています。

この激しい少子化の鍵を握っていたのが「子どもの教育費」です。昔は「子どもに働いてもらう」考えが主流で緩やかな減少でしたが、現代は「人数を減らしてでも1人ひとりに高い教育を受けさせたい」と親の考えがシフトし、教育費の過熱が急速な少子化を引き起こしていると判明しました。

研究では、教育水準を保ったまま出生率を回復するには「家庭が負担する教育コストを下げること」が極めて有効だと示されました。教育費の負担軽減こそが、現代の少子化対策の大きな鍵になりそうです。

 

生成AIに反論されると、3割超の人が自分の判断を覆す? 神戸大が検証

正解のない倫理的な問題に対して自分で出した結論も、生成AIから真っ向から反論されると、3割以上の人が判断をガラリと変えてしまう。そんな興味深い研究結果を神戸大学のグループが発表しました。

研究では、暴走するトロッコの進路を変えて多数を助けるべきかといった「道徳的ジレンマ」の課題を使用。参加者に一度自分の意思で判断してもらった後、生成AI(ChatGPT)による真反対の反論を見せました。すると、全体の30%以上がAIの意見を受け入れ、自分の答えをひっくり返したのです。

分析によると、特に「自分の判断に自信がもてない時」や「選択が難しいと感じた時」ほどAIの説得を受け入れやすいことが分かりました。また、若年層に比べて高齢者や認知機能が低下している人ほど、よりAIの影響を受けやすい傾向がみられました。

生成AIは面倒な意思決定を助けてくれる便利な存在です。しかし、道徳や倫理のように正解がない問題では、言葉巧みな説得に人間が流されてしまう危険性も含んでいると言えそうです。

 

江戸時代の大阪庶民、歯石を調べたら大満足の食卓だった!

「天下の台所」と呼ばれた江戸時代の大阪ですが、庶民は実際に何を食べていたのでしょうか。九州大学などの研究チームが、JR大阪駅近くの「梅田墓」から見つかった江戸時代末期の庶民の骨から「歯石」を採取し最新技術で分析したところ、豊かな食生活が浮かび上がってきました。

昔の人は歯磨きをあまりしないため、歯石には食べたもののタンパク質がしっかり残っています。分析した結果、庶民層の歯石から高級魚とされるマダイをはじめ、サバやフグなど9種類の魚の成分を発見。さらに、大阪近海にはいないはずのサケも見つかり、遠くの地域から海運で届いた食材を庶民が買い求められていたことが判明しました。

それだけではありません。当時は仏教の影響で肉食が避けられていたとされますが、イノシシやシカなどの肉を食べた形跡や、地元の名産である綿実油(めんじつゆ)を使った形跡も確認されたのです。

比較的貧しかったとされる庶民でも、物流のハブだった大阪の恩恵を受け、バラエティ豊かな食事を楽しんでいたことが証明されました。

 

気温が4℃上がるとスキー場は全国で7か所に? 北海道大などが将来予測

ウインタースポーツを楽しむ人や観光業界にとって見過ごせない研究結果が発表されました。北海道大学などの研究チームが、地球温暖化の進行によって日本全国のスキー場がどうなるかを予測したところ、将来的に営業できるスキー場が激減する可能性が判明したのです。

全国349か所のスキー場を対象にシミュレーションを行ったところ、気候変動対策が進まず気温が4℃上昇した場合、天然雪のみで安定して全面的に営業できるスキー場は、全国でわずか7か所に。⼀部営業が可能なスキー場も26 か所に限られると予測されました。

仮に温暖化対策が進み、気温上昇が2℃にとどまった場合でも、全面的に営業できるのは53か所に。⼀部営業が可能なスキー場は108 か所と推定されました。比較的雪が残りやすい北海道や長野県などの標高が高い地域にスキー場が集約されていくと見られています。

このまま温暖化が進むと、パウダースノーを楽しめる場所が減るだけでなく、子どもたちが身近な地元のスキー場に触れる機会も奪われてしまいそうです。気候変動が私たちの冬の楽しみにも大きな影を落としています。

 

色あせない鮮やかさ! 金属風の光沢を出す画期的なナノ塗装技術

神戸大学の研究グループが、金属のような美しい輝きをもちながら、見る角度で色が変わりにくい新しい塗装技術を開発しました。

一般的な塗料は「色素や顔料」が光を吸収して色を表現しますが、日焼けなどで退色しやすいのが難点です。これに対し、シャボン玉や昆虫の羽のように、ナノサイズの微細構造が光を反射して発色する仕組みを「構造色」と呼びます。構造色は色素類を使わないため色あせない強みがありますが、従来は見る角度で虹色に変化したり、立体物に塗りにくかったりする課題がありました。

今回開発された技術は、極小のシリコン粒子を「一層だけ」規則正しく並べる手法です。粒子ひとつひとつが光と共鳴することで、金属風の光沢と鮮やかな発色を保ちつつ、どの角度から見ても色が変わりにくい安定感を持たせることに成功しました。

車の模型など複雑な曲面にも均一に塗ることができ、膜の重さは世界最軽量クラス。自動車や建築材料などの省資源で長持ちする次世代塗装として、大きな期待が寄せられています。

 

<参考資料>

「ラットはチョコを食べながら『おいしい』と鳴いていた ― 超音波の声からAIが聞き取った食の満足感 ―」 福井大学、名古屋大学、奈良県立医科大学プレスリリース 2026.09.07

https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/upload_images/20260907_agr.pdf

 

「小惑星リュウグウは太陽系初期世代の天体の残骸~リュウグウのもととなった天体は45.65億年以上前に誕生~」北海道大学、茨城大学、海洋研究開発機構、東京科学大学、東京大学大学プレスリリース 2026.09.11

https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/260911_pr2.pdf

 

「世界の少子化は二つの普遍的経路に沿って進む-教育コストの削減が出生率を回復させる可能性-」理化学研究所、東北大学プレスリリース 2026.07.17

https://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press20260717_web01_pathways.pdf

 

「生成AIの反論により3割超の人の道徳的判断が覆る 若年成人と高齢者を対象とした生成AIの説得効果に関する研究」神戸大学プレスリリース 2026.0818

https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20260807-68192/

 

「「天下の台所」の食生活 ―古歯石プロテオミクスが明らかにした江戸時代の大阪庶民の多様な食事内容―」総合研究大学院大学、九州大学プレスリリース 2026.08.25

https://www.kyushu-u.ac.jp/f/67146/26_0825_01.pdf

 

「気候変動でスキー場はどのぐらい減るのか? 〜気温4℃上昇で安定営業できるスキー場は全国で7か所に〜」北海道大学、森林総合研究所プレスリリース 2026.08.03

https://www.hokudai.ac.jp/news/pdf/260803_pr.pdf

 

「金属のような光沢を与えるナノコーティング技術を開発ナノ粒子一層で金属光沢と虹色にならない構造色を実現」神戸大学プレスリリース2026.09.08

https://www.kobe-u.ac.jp/ja/news/article/20260908-68240/

神に迫ったはやぶさ2

オジさんの科学vol.128 2026年8月号

 

神に迫ったはやぶさ2

 

 

 何度も言っているが、オジさんはトリさんが苦手だ。トリ肉は問題ない。

 最近、マンション裏の小径で1羽のハトと接近遭遇した。数m先にいた。真夏の日差しを避けて木陰で休んでいたらしい。脇をすり抜ける勇気はない。ローソンへの一本道なのだが、迂回することにした。


 今年7月、航空宇宙研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「トリフネ」の脇をすり抜けることに成功した、と発表しました。探査機などが天体のすれすれを高速で飛行することを、「フライバイ」といいます。

 はやぶさ2は、2014年12月に打ち上げられ、2018年に小惑星「リュウグウ」に到着。2回のタッチダウンによりリュウグウの試料を回収しました。そして2020年12月に試料が入ったカプセルを地球に届け、「サンプルリターン」を成功させました。

 

 その時点で、はやぶさ2のイオンエンジンの燃料は、半分ほど残っていました。搭載した各機器に、大きな故障もありませんでした。そこで「拡張ミッション」を遂行することになり、直径が11m程しかないと想定される小惑星「1998KY26」の探査が決まりました。

 さらに、その途中に別の天体へ立ち寄れないかと検討され、トリフネにフライバイすることになりました。

 

 拡張ミッションの名前は、「はやぶさ2#(シャープ)」。「Small Hazardous Asteroid Reconnaissance Probe(地球に脅威をもたらす小さな小惑星の偵察探査機)」の頭文字「SHARP(シャープ)」から名付けられました。地球を天体衝突から守る「プラネタリーディフェンス」への貢献を目指すことになりました。

 

 恐竜を絶滅させた様な大きな小惑星(直径約10kmと想定される)はほとんどが把握できており、地球に衝突する恐れはありません。一方で直径1km未満の大きさの小惑星は、まだ見つかっていないものがたくさんあると考えられています。小さな小惑星が地球に衝突する、と判った時への対応が必要とされています。  

 NASAは、直径50m程度の小惑星が地球に衝突する確率は1000年に1度くらいと見積もっています。衝突すれば一つの都市を丸ごと消滅させるほどの威力があると考えられています。

 

 旧約聖書には、神の怒りに触れ天からの火で滅ぼされた都市「ソドム」のことが、書かれています。現在、これは実際に起こったことだ、と考えられています。死海の北東にあるヨルダン渓谷にあった都市国家「タル・エル・ハラム」は、紀元前1650年頃、大気圏に突入してきた小惑星によって滅亡しました。発掘調査から、直径70m程の小惑星が死海付近の空中で爆発し、2000℃を超える高温で焼き尽くされたことが判ってきました。

 

 小惑星衝突を防ぐ最も現実的な方法と考えられているが、探査機を高速で小惑星にぶつけて軌道をずらすことです。このためには、高速航行する探査機の軌道を制御する技術が必要となります。

 はやぶさ2は、小惑星への着陸用に作られました。リュウグウへは、ゆっくりと近づき最後には秒速数cmにまで減速し、着陸しました。

 一方今回のミッションでは、秒速約5km(時速約1万8000km)ですれ違います。元々は無かった技術が要求されました。

 

 フライバイの1日前のはやぶさの位置は、トリフネから約43万km。そこから一気に近づきます。リュウグウの時と異なり、地上から細かく制御することはできません。途中まではナビゲーションしたものの、フライバイの数時間前からは、はやぶさ2が自ら判断して軌道修正を行いました。

 

 はやぶさ2は、フライバイの直前に着陸用の「レーザ高度計」を使い、トリフネに向けてレーザの照射を試みました。高度計の最大射程距離は25~30km。照射は、1秒に1回。ミッションチームは「流鏑馬(やぶさめ)のごとく」と表現しました。結果、最接近の約4秒前と3秒前に、的中させました。その距離は、約20kmと15km。

 

 はやぶさ2は、トリフネから約400mの地点を通り過ぎました。この距離は、これまで行われた天体フライバイ探査の最小記録となりました。

 通り過ぎざまに「中間赤外カメラ」と「光学航法カメラ」「近赤外分光計」による観測にも成功しました。トリフネの大きさは、長軸が約840m、短軸が約340m。二つ玉の串団子の様な形でした。


 通り過ぎた後に、姿勢を変えてふたたび観測する予定はありませんでした。一発勝負でした。この後、はやぶさ2は、最終ミッションの目的地の小惑星「1998KY26」に向かいます。

 

 小惑星「トリフネ」の名前は、拡張ミッションが決まった後に、公募されたものです。正式名称は、小惑星 「(98943) 2001 CC21」。2001年、米国のチームによって発見されました。

 60余りの候補の中から、小中学生による子ども選定委員を含めて検討し、発見したチームから国際天文学連合(IAU)に提案されました。

 

 公表の際に記載された文章を和訳すると、以下の様になります。「トリフネ(天鳥船、アメノトリフネ、より)は、日本神話における神である。同時に神が乗る船の名前でもあり、鳥のように速く、岩のように安定して安全に航行できる船である。「はやぶさ2」探査機は、この小惑星のフライバイ探査を行う予定であるが、この名称は、「はやぶさ2」が高速でこの小惑星とすれ違う運用を安全に行うことができるよう願って付けられたものである」。

 

 アメノトリフネは、イザナキとイザナミの子供です。オホクニヌシの国譲り神話の中に、アマテラスからの命を受けて、交渉に臨んだ使者の一柱として登場します。天空を鳥のように飛行する船の神とされています。

 今年5月にミッションチームは、フライバイの成功を祈願して、埼玉県所沢市にある天鳥船を祀る鳥船神社に詣でたそうです。

 


 オジさんは、浅草の鷲(オオトリ)神社で動けなくなったことがある。ハトの群れに囲まれたからだ。

 


や・そね

 

地球への天体衝突とプラネタリーディフェンスについては、

オジさんの科学vol.063 2021年3月号 「恐竜を絶滅させた小惑星、人類は大丈夫か?」

オジさんの科学Vol.072 2021年12月号 NASA、星を動かしまーす。

オジさんの科学vol.085 2023年1月号 人類初、リアル「地球防衛」実験に成功

もご覧ください。

 

<参考資料>

「小惑星探査機『はやぶさ2』が取得した小惑星『トリフネ』の画像」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)、会津大学、大島商船高専、京都産業大学、鳥取環境大学、国立天文台、千葉工業大学、東京大学、名古屋大学、北海道大学プレスリリース 2020.07.06

https://www.jaxa.jp/press/2026/07/20260706-3_j.html

 

「小惑星探査機『はやぶさ2』、世界初の小惑星フライバイ時のレーザ測距に成功」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)、大島商船高専、京都産業大学、国立天文台、千葉工業大学、北海道大学プレスリリース 2020.07.30

https://www.jaxa.jp/press/2026/07/20260730-2_j.html

 

「小惑星探査機『はやぶさ2』、太陽系天体フライバイ探査における最小距離を更新 ~小惑星トリフネフライバイにおける航法誘導制御の結果報告~」

宇宙航空研究開発機構(JAXA)、宇宙技術開発、NECネッツアイ、セック、DAIKO XTECH、千葉工業大学、東芝電波テクノロジー、日本電気、日本電気航空宇宙システム、日本スペースガード協会、富士通、富士通ディフェンス&ナショナルセキュリティ、松江高専プレスリリース 2020.07.30

https://www.jaxa.jp/press/2026/07/20260730-1_j.html

 

Newton2026年8月号「挑戦者 三桝裕也―小惑星に挑む」

 

National Aeronautics and Space Administration(アメリカ航空宇宙局/NASA)ホームページ 「Asteroid Facts」(2026年8月15日閲覧)

https://science.nasa.gov/solar-system/asteroids/facts/?utm_source=chatgpt.com

 

『旧約聖書 滅亡の街の真実』フロンティア NHK(2024)

『口語訳 古事記[神代篇]』 三浦佑之訳・注釈 文春文庫(2006)

日経サイエンス2022年1月号「特集 地球防衛」

 

JAXAホームページ はやぶさ2拡張ミッション 

           はやぶさ2拡張ミッションの愛称とロゴマーク 2022.6.29

  https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20220629_logo/

           小惑星2001 CC21の名前が「トリフネ」と決まりました2024.9.25

https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20240925_2001_CC21/

           天鳥船の神にご挨拶 2026.05.15

https://www.hayabusa2.jaxa.jp/topics/20260507_amenotorifune/

 

 

 

「ネコひねり」ニャンでうまく着地する?

オジさんの科学vol.127 2026年7月号

「ネコひねり」ニャンでうまく着地する?

 

 いよいよ夏がやってきた。猛暑日&熱帯夜が続くかと思うとウンザリだ。ウチのサビ猫の鈴さんが天に召されたのも、7月の暑い日だった。若かりし頃の鈴さんは、戸棚の上から本棚、カーテンレールの上と、我が家の天井近くを走り回っていた。

 

 ネコは、たとえ高いところから落ちたても、空中で体勢を立て直し、足から安全に着地します。「ネコひねり」と呼ばれます。学術的には「立ち直り反射」と言います。ネコ以外で立ち直り反射を上手にこなせる動物は少なく、イタチやリス、ネズミなどのようです。その中でもネコは、特に優れているとのこと。

 オジさんも鈴さんに協力してもらったことがあります。掲げて落としても問題無く着地。そこで、放り上げてみました。勢いをつけすぎて、鈴さんは天井に衝突。それでもちゃんと着地してくれました。よい子の皆さんは、やっちゃダメだよ。

 

 かのニャンコ先生が繰り出す大技、キャット空中三回転も、この身体能力によって生み出されたと言えるでしょう。とってんぱーのにゃんぱらり。

 スペインやポルトガルには、「ネコのように足から落ちる」ということわざがあるそうです。どんなに難しいことに直面しても、うまく対処して乗り切ること、だそうです。

 しかし、どうしてネコひねりが出来るか、よくわかっていませんでした。「ネコひねり問題」と呼ばれ、長年の謎でした。17世紀に慣性の法則を発見したデカルトも、実験を行っていたようです。さらには、19世紀に電磁気学を確立したマクスウェルもこの問題について考察をしているそうです。

 

 当時有力だったのは、こんな考えです。仰向けになって落ちるネコが、手足を伸ばして背中を反らし、お腹を上に突き出すと重心が上に移動する。すると不安定になるので、手の先と足の先を支点に(焼き鳥の串を裏返すように)くるっと回転して、お腹が下になり、うつ伏せ状態での落下に変わる。だから足を下にしてうまく着地できる。・・・なんのこっちゃ?

 そもそも空中には、支点も、軸になる串も無いので、こんな事はありえません。実際のネコの動きともだいぶ違います。写真すら無い時代の説でした。

 

 何の支えもない空中で、何故ネコは反転できるか。落ち始める時に、ネコは回転していません。しかしクルッと回るのは、角運動量保存の法則に反するのではないか?

 20世紀初頭、物理学者によって、ネコの体を上下2つの円柱として扱い、上半身と下半身の回転の違いよって説明するモデルが提唱され、ある程度の解決をみたと考えられました。しかし、回転はどのようにして生み出されるのでしょうか。そもそもネコの体は、固い円柱とは異なります。その後の大きな進展はなかったようです。

 

 それから、数十年。今年4月、山口大学の研究チームが、「ネコひねり問題を考えるための新しいデータを得た」という発表をしました。


 研究チームは、ネコの体が実際にどのくらいねじれるのか、に着目しました。病理解剖のために提供された5匹の献体を使い、胸椎(背骨の上部)と腰椎(背骨の下部)を調べました。

 その結果、片側47度(左右両側で94度)までは、力をかけずに胸椎をねじれることが判りました。一方腰椎をねじるには、強い抵抗が生じました。

 また、胸椎は最大で片側171度までねじることが出来ましたが、腰椎は57度でした。

 

 またチームは、2匹の生きているネコの立ち直り反射を撮影し、分析しました。そして、上半身の反転が下半身よりも先に完了することを確認しました。

 ネコはほとんど力をかけずに、上半身をくるっとひねることができます。そのひねりの後に下半身を回すことでネコひねりを実現していました。ネコのねじれやすい胸椎が、立ち直り反射を可能にしていると考えられます。

 

 しかし研究チームは、これによってネコひねり問題が完全に解決したわけではない、とも言っています。ねじれに加えて今後は、背骨の一つひとつが前後左右にどう曲がるか、を細かく調べることを考えているそうです。

 

 ビルの高層階から落ちても、助かったネコがたくさんいるらしい。中には19階や26階、32階から落ちたネコもいるようだ。ムササビの様に手足を広げ着地場所を調整した、という目撃情報もあるそうだ。

 そのうち、こんなことわざが出来るかもしれない。「ネコのようにビルから落ちる」。絶体絶命のピンチも切り抜け、生き残ること。

 

や・そね

 

 

<参考資料>

「ネコの胸はねじれやすい ~ネコひねり問題を考えるための新しいデータ~」

山口大学プレスリリース 2026.04.10

https://www.yamaguchi-u.ac.jp/weekly/48407/index.html

 

「『ネコひねり』のカギは背骨にあり 胸椎のねじれやすさが奏功 山口大」

科学技術振興機構 Science Portalニュース 2026.05.26

https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20260526_n01/

 

「いくつ知ってる?猫に関することわざや慣用句。世界のことわざもご紹介!」

Amina Flyers HP 2024.07.04

https://aminaflyers.amina-co.jp/list/detail/1247

 

『「ネコひねり問題」を超一流の科学者たちが全力で考えてみた。』

グレゴリー・J・グバー著 ダイヤモンド社(2022) 

 

 

ヒトは左に回りたがる

オジさんの科学vol.126 2026年6月号

 

 こう見えても、と言っても見えないだろうが・・・、オジさんはバイク小僧だった。バイト先は菅生サーキット。往復はもちろんバイク。バイトを終え、学部に戻ってきたある日。ややスピードを出しすぎてカーブに侵入してしまった。路面が外側に傾いた逆バンクだったこともあり、後輪が滑りだした。とっさにカウンターを当てスロットルを開いて曲がり切った。バリバリ伝説の主人公みたいだった・・・。左カーブだった。右だったら多分コケていた。オジさんは、走りも歩きも左回りの方が得意だ。

 


 今月、スペインと日本の共同研究チームが、「ヒトは、無意識のうちに左回りに動く傾向がある」と発表しました。

 発端は、以前に行ったコロナ禍における研究だったそうです。1つの空間に何人いるとソーシャルディスタンスが保てなくなるか、参加者に歩いてもらい、2mの距離を保つことが出来る最大人数を測定しようとしました。

 その解析の最中に、人々の動きを平均すると、中心の周りを回転してることに気づいたそうです。しかもその回転方向は、左回り(反時計回り)でした。

 

 今回、まずスペインのナバラ大学の研究者たちが、半径5mの円形の囲いの中を自由に歩いてもらう実験を行いました。

<実験1>

 実験の前に、参加者をテストしました。壁に向かって歩いてもらい、突き当たると左右どちらに方向転換するかを調べました。そして左折者と右折者に分類しました。オジさんは、絶対左折者です。

 左折者と右折者の割合を、様々に変化させました。右折者が多ければ、右回り(時計回り)の回転が起こると予想されました。ところが、右折者を100%にしても左回りが起きました。また、参加者の密度を変化させても、左回りに回転しました。

 33回の試行の内、32回が左回りでした。右回りと左回りになる確率が半々なら、ざっくり33/233として計算すると、約2億6千万回に1回しか起こり得ません。

 

 次にスペインでは、開けた空間でも実験を行いました。

<実験2>

 明確な境界が存在しない約50m×60m程の中学校の校庭が使われ、107名の生徒が参加しました。参加者には、立ち止まらずに集団も作らず、自由に歩き回ってもらいました。その結果、実験1と同程度に左回りの回転運動が現れました。このことから、左回りは境界との相互作用が主要因ではない、と確認されました。

 

 そこで、研究チームは、スペインの歩行習慣がこの現象を引き起こすのではないかと疑い、日本でも実験を行いました。

<実験3>

 スペインを含むほとんどのヨーロッパ諸国では、正面から来る人とすれ違う時、右側に避けるそうです。一方日本では、左に避ける傾向があります。このことは、事前のアンケートでも確認されました。

 「車は左、人は右」と教わったオジさんは、右側を歩くようにしています。右に避けようとして、時々ぶつかりそうになります。

 東京大学で行われた実験は、椅子で区切られた半径4mの円形の囲いの中で行われ、39名が参加しました。結果、日本でもスペインと同等の左回りの回転運動が現れました。

 

さらに日本のチームは、保育園児の運動データを解析しました。

<実験4>

 先生がピアノを弾く中で、園児たち(約5歳)に部屋の中を自由に動き回ってもらいます。この様子を録画したビデオを調査しました。園児たちは、他の大人の実験よりも、安定した左回りの渦を形成していました。

 このことにより、左回りは経験や学習に影響されたものではない、という可能性が示唆されました。

 幼稚園児のオジさんは、勝手な行動をしがちと、よく注意されました。

 

無意識の集団心理があるのか?ナバラ大学の学生たちにアンケートを行いました。

<実験5>

 

 実験には、168人の学生が参加しました。

 参加者に、右の図を見せて「あなたは、この中の1人です」「Q1あなたは、左回り、右回りどちらに動きますか?」「Q2ほとんどの人は、どちらに動くと思いますか?」「Q3他人は、あなたにどちらに動くと期待してると思いますか?」という3つの質問をしました。

 答えは、かなりバラバラでした。しかし、その中でも一番多かったのは、Q1~Q3すべて右回りという回答で、全体の約40%もありました。多くの人は、左回りの運動が起こるとは考えていませんでした。つまり、暗黙の了解で左回りの渦が出来るのではないという事です。

 オジさんの答えは、すべて左回りでした。

 

 研究チームは、最後に単独歩行の実験を行いました。

<実験6>

 ナバラ大学で行われた実験には、209名が参加しました。参加者は、事前に利き手、利き足、利き目を調べられました。また、片目に眼帯をつけた49名にも歩いてもらいました。

 それぞれに、一辺が4.6mの六角形の囲いの中を歩いてもらいました。すると、個人の動きそのものが左回りに偏っているという結果が出ました。また、左右どちらに回るかと、利き手、利き足、利き目、そして眼帯も関係がないことも判りました。

 オジさんの利き手は右、利き足も右、利き目は左です。

 

 東京大学の発表によると、「人々がランダムに歩行する際、反時計回り(左回り)に動く人が全体の65%を占めている」とのことです。

 

 今のところ、なぜ左回転が起きるのか判っていません。また、全員が必ず左回りに動くのでもありません。研究チームは、この現象の解明に向けて、生物学的あるいは神経学的な研究が必要と考えています。VR(仮想現実)を使う実験も考えているようです。

 また、空港、駅、博物館や展示会、ショッピングセンターの通路は、歩行者の快適性と流れの呼応率を向上させるために、左回りのバイアスに従うように設計できる可能性があると言っています。

 

 スーパーの動線を左回りにしたら、売上が上がるのだろうか。駐車場への誘導路を左回りするとイライラが減るのかも。劇場や展示会の避難口は、主動線の左側にあった方が効果的かも。広場やフードコートの出入口も左回りを考えて設計するとか。

 オジさんは、年老いた自分を思い描いてみた。左回りの動線の方が、コケないような気がする。

や・そね

 

<参考資料>

Individual locomotor bias drives counterclockwise motion in pedestrian crowds Nature Communications volume 17, Article number: 4869 (2026)

https://www.nature.com/articles/s41467-026-73713-w

 

「ランダムに歩行していると、多くの人は反時計回りに曲がる」2026年6月10日 東京大学、早稲田大学プレスリリース

https://www.t.u-tokyo.ac.jp/hubfs/press-release/2026/0610/001/text.pdf

 

人間は「反時計回りに歩く」のを好む、研究で判明 2026年6月12日 ナゾロジー

https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/196331#google_vignette

山火事に挑む ~ロバ大隊と音波消火~

オジさんの科学vol.125 2026年5月号

 

山火事に挑む

~ロバ大隊と音波消火~


 大船渡市や大槌町で猛威を振るった山火事。アメリカ史上最悪と呼ばれる山火事が、ハワイやロサンゼルスで相次ぎ、世界に発信されました。ヨーロッパでも2025年は過去最悪の被害となり、EU全体で東京都に神奈川県と千葉県を足したより広い面積が焼失したそうです。

 今回は、多発する山火事と闘うユニークな取り組みを紹介します。

 

 モノが燃えるためには、「熱」と「酸素」そして「可燃物」が必要です。一度火が付くとさらに温度が上がり、連鎖反応で燃え広がります。

 しかし、どれかが欠ければ火事は広がりません。

 そこで、水をかけて熱を奪い、可燃物の温度を下げる「冷却消火」。不燃シートや消火器の泡、二酸化炭素などで火元を覆い、酸素の供給を断つ「窒息消火」。江戸時代の火消しが延焼する建物を取り壊すように、可燃物を取り除く「除去消火」などを行います。さらには、火事によって発生し、次々と化学反応を引き起こす物質を、別の化学反応で取り除く「抑制消火」という方法もあるそうです。消火の基本はこの4つです。

 大槌町の山火事のニュースでは、水が足りなくなり、スコップなどを使って下草を叩いての消火作業を行う様子もニュースで流れていました。

 

 スペイン各地でも多くの山火事が発生しています。2025年は、8月までに埼玉県ほどの面積が焼けてしまったそうです。その背景には、暑さや干ばつだけでなく、過疎化という事情もあるそうです。人や家畜が減り、草木が伸び放題になっているからです。

 対策として、アンダルシア州にあるドニャーナ国立公園では、ロバたちが活躍しています。彼らは「ドニャーナ山火事予防ロバ大隊」です。乾燥したかたい草や枝を食べることで可燃物を取り除いています。

 

 ロバたちは、5頭ひと組。3月から11月にかけて戦術計画に従って行動します。毎日担当エリアに赴き、パトロールをします。その間に縦40m、横15mほどの帯状の範囲を食べ進みます。それぞれ1日に30Lの水を飲み干し、7時間の活動を終えるそうです。仕事終わりに、生ジョッキを飲み干すサラリーマンのようです。

 エリア内の可燃物は、すっかり食べつくされて、火災リスクは大幅に軽減します。村の周囲に可燃物が少ないエリアが形成され、火災の拡大が抑制されるのです。

 

 ロバは、乾燥した荒野や山岳地帯などの過酷な環境も生き抜いてきたことで、他の家畜が無視するトゲのある低木やガサガサに乾いたかたい雑草を好んで食べます。そのため「プロの草刈り機」と呼ばれるそうです。

 また、斜面も得意なのだそうです。同じように斜面が得意なヤギの食事量の10倍も食べるそうです。さらに、ヤギの3倍も重いので、動き回る時に植生を効率的に潰していくそうです。

 

 現在、大隊には18頭ほどが所属しているようです。ドニャーナ国立公園では、過去9年間山火事は一度も記録されていません。そしてこの活動は、スペイン各地に広がりつつあるそうです。

 

 音を使って山火事を防ごうという試みが進められています。

 米国のスタートアップ企業「ソニック・ファイア・テック」が、山火事防御システムの開発しています。元NASAの音響エンジニアも関わっているそうです。

 「音波によって速く振動させた酸素を可燃物は利用できなくなる。それによって燃焼反応を阻止する」という仕組みです。

 

 音波によって消火しようという研究は、20年近く前から進められていたようです。手術室やデータセンターの様に精密機械が置かれている場所、美術館や図書館などでは、水や薬剤による消火では貴重な機材や資産が失われる可能性があります。また、宇宙ステーションでの応用も期待されていました。

 

 しかし、狭い密閉空間で強力な音波を放射すると、壁や天井に音が跳ね返って乱反射(エコー)を起こし、火元にエネルギーを集中させにくくなります。また、大きな音の騒音被害も問題でした。

 

 ソニック社は、屋外に向けて使用する、そして超低周波音を用いる、と発想を転換しました。従来の試みでは、30~60ヘルツの音波が用いられていました。ヒトの可聴域は20~20,000ヘルツと言われています。同社は、ヒトには聞こえない20ヘルツ以下の帯域を使っています。

 まだ、燃え盛る木々を消火できるほどの効果は期待できませんが、最大約7.6m離れたところからの消火を実証しています。近づいてくる山火事から植栽や壁、屋根に飛び火する炎を消そうという試みです。

 

 システムは、センサーが炎を検知すると自動的に作動します。電動モーターを使って駆動されるピストンを使って音波を発生させ、建物の屋根と軒下に設置された金属製のダクト内を伝播させます。音を使った一種の防御シールドをつくりだすそうです。

 

 ソニック社のデモンストレーションを見る限りでは、威力や効果はまだまだだと感じます。同社は、米国カリフォルニア州の2つの自治体の消防本部と協力して技術の実証を進めているとのこと。一般の住宅とも契約を結んでおり、今年前半までに50件の試験的な設置を目指しているそうです。

 

 7000年も前に家畜化されたロバから最新鋭の音響装置まで。山火事との戦いには、様々な試みがなされています。

や・そね

 

 

参考資料

山火事予防にロバ、どういうこと? スペインで活躍 

              『ナショナルジオグラフィック』News 

          2026年4月24日 https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/26/031800154/

『令和8年全国都道府県市区町村別面積調(1月1日時点)』 国土地理院

消防テクノロジー最前線 『Newton』 2026年4月号

音波消火 『Natureダイジェスト』 2026年5月号

音波を使って炎を消す画期的な消火器が実用化に向けて前進(アメリカ) 

          不思議と謎の大冒険サイト『カラパイア』 

               2026年4月15日  https://karapaia.com/archives/596415.html

Sonic Fire Tech HP https://www.sonicfiretech.com/

ミツバチさんも現場判断

オジさんの科学vol.124 2026年4月号

ミツバチさんも現場判断
~四角い土台で、どう巣をつくる~

 

 イベントでは、たくさんの現場判断が必要になります。本番前日、深夜のトラブル。上司も得意先も連絡つかず。その場で判断して、「ありもの」を使って、何とかするしかありません。グルングルン、頭フル回転です。

 現場判断をするのは、ヒトだけではないようです。4月1日に山梨大学は、「ミツバチの現場判断力を発見した」と発表しました。

 

 ミツバチの巣は、きれいに六角形が並んでいます。立体的に考えると六角柱の空間が隙間なく立っている状態です。「ハニカム構造」といい、少ない材料で最大限の強度が実現できます。
 では、ミツバチはいったいどのようにして、こんなに見事に六角形をつくることができるのしょうか。
 材料は、ミツバチが腹部から分泌する蜜蝋(ミツロウ)。保水力や防水性に優れ、殺菌性もあるため、革製品のワックスやハンドクリームなどにも使われます。食べても害はないそうですが、消化されません。

 

 六角形の巣穴ができるメカニズムとして、これまで主に2つの仮説がありました。1つ目は、ミツバチが円筒状のたくさんの部屋(短いストローの束の様なもの)を作ると、ミツバチの体温によって蜜蝋が柔らかくなり、その表面張力で自動的に六角形に変形するという「表面張力説」。
 2つ目は、ミツバチが蜜蝋の特性を活かして作り上げるという「建築家説」です。

 

 表面張力説に対しては、ミツバチの体温では蜜蝋が十分に柔らかくならないために六角形への変形は起こらない、という反論もあります。
 一方、山口大学などの研究によって「ミツバチは、蜜蝋を付着させるだけではなく、掘削も行い、六角形を作り上げている」というモデルが提唱されています。また、神戸大学などの研究から、「六角形が規則正しく並べられない時に、ミツバチは五角形と七角形の部屋を作ることで解決している」ということも判っています。

 

 建築家説が有力になっていました。そこで、さらに今回の研究では、「六角形が作りにくい環境を用意したら、どんな巣が出来るのだろうか」という意地悪な実験をしました。

 

 通常、養蜂を行う時には、巣作りの土台となる「巣礎(スソ)シート」を用意します。巣礎シートは、蜜蝋で作られており、規則正しく六角形の土手が並んでいます。六角形の一辺の長さは約3mm、1mm程盛り上がりがあり、ミツバチはこの上に巣をつくります。

 

 ところが研究チームが用意したのは、正方形が並んだ巣礎シートでした。「図面の間取りと違う基礎工事をしちゃったけど、さあどうする?」って感じです。
 蜜蝋の土手の幅は1mm、凹んだ正方形の一辺の長さが2.4mm、4mm、6mmのシートを用意しました。また正方形が互い違いに並んだ「レンガ状」と、「格子状」に並んだものの2種類の計6種類で実験しました。

 

 その結果、2.4mmと4mmの場合、ミツバチは「こんなもん使えん!」と巣礎シートの蜜蝋の土台を全て取り壊し、シートを更地にしてから壁を建て始め、通常の六角形の巣を作り上げました。
 一方6mmの場合は、「しょうがないなぁ」と正方形の土台を利用して巣作りしました。レンガ状の土台の場合は、丸みを帯びた巣穴がレンガ状に(つまり通常の六角形の様に互い違いに)並びました。
 格子状の土台の時は、わずかに角ばった六角形の様な巣穴が碁盤の目の様につくられました。巣穴どうしの角にひし形の様な隙間が出来て、蜜蝋の薄い膜で覆われていました。

 ミツバチは、用意された巣礎シートの正方形の凹みが小さすぎて中で作業できないと考えた場合は、更地にした。凹みがある程度大きければ、少々居心地が悪くても妥協して巣をつくった。研究チームは、このように推論しました。
 「この建築方針の切り替えは、巣作りにおける労力対効果(タイムパフォーマンス・スペースパフォーマンス)を、ミツバチが意識した結果なのかもしれません」と研究チームは言っています。ミツバチは、現場で時間・体力・材料を検討し、判断した可能性があるようです。
 ミツバチは本能で動く作業員ではなく「柔軟で知的な建築家」である、とも言っています。

 

 イベントでは、多くの場合、「現場判断を間違うこと」より「現場判断が遅れる方」がリスクだと考えます。少々不格好でも実施できないよりはマシなのです。現場判断には瞬発力も必要なんですよねぇ。エイヤー。

や・そね

 

<参考資料>

「ミツバチは『考えて』巣を作る? その驚異的現場判断力を発見」2026年4月1日 山梨大学プレスリリース

「ミツバチはどのようにして細緻な巣をつくるのか?-ミツロウの付着と掘削に着目したハニカム構造への学際的アプローチ-」2018年10月25日 山口大学、関西学院大学、神戸大学プレスリリース

「ミツバチと社会性カリバチは数学的に同じ方法で巣作り上の難問を解くことを発見」2023年8月2日 神戸大学プレスリリース

 

 

中学生が発見し、そして未だに解けない謎

オジさんの科学vol.123 2026年3月号

中学生が発見し、そして未だに解けない謎

 

 素朴な疑問を持ち続けることが、大きな発見につながることもある。ある時、中学生のムペンバ君は、熱い水の方が冷たい水より早く凍ることに気づいた。その後、この現象は、「ムペンバ効果」と呼ばれるようになった。

 

 1963年当時、タンザニアのマガムバ中学校の3年生だったムペンバ君たちは、学校でよくアイスクリームを作っていました。牛乳を沸騰させて砂糖を混ぜ、冷蔵庫の冷凍室で冷やして固めるのです。熱いままだと故障の原因となるため、室温近くまで冷ましてからに入れることにしていました。

 

 ある日、ムペンバ君は地元のおばさんから牛乳を買って、沸騰させていました。するとそれを見た別の少年が、牛乳に砂糖を混ぜ、沸騰させずに製氷皿に注ぎ込みました。

 多くの生徒がアイスクリームを作ろうとするので、冷凍室の場所取りは早い者勝ちでした。慌てたムペンバ君は、冷めるのを待っていては間に合わないと思い、熱いままの牛乳を冷凍室に入れました。冷蔵庫を壊す覚悟だったそうです。

 

 1時間半後に、その少年と一緒に見に行くと、ムペンバ君の製氷皿は凍ってアイスクリームになっていました。ところが、少年のものは、まだドロドロだったそうです。

 不思議に思ったムペンバ君は、なぜ熱い牛乳の方が先に凍ったのか、と物理の先生に尋ねました。すると先生は、そんなことはあり得ない、君は混乱していると答えたそうです。

 その時は、ムペンバ君も「そうだよなぁ」と思ったそうです。

 

 ところがその後、町でアイスクリーム売りをしている友だちから、「アイスクリームを作るときは、熱いうちに冷蔵庫に入れるんだ。そうすれば早く出来る」と聞きました。アイスクリーム作りを5年もやっている兄さんから教わったとのことでした。別のアイスクリーム売りからも、同じ答えが返ってきました。

 

 高校に進んだムペンバ君は、「熱」に関する物理の授業の時に、アイスクリームのことを思い出しました。「先生、熱い牛乳と冷たい牛乳を冷蔵庫に入れたら、どうして熱い方が先に凍るのですか」と質問したそうです。

 先生は「そんなことは無いと思うよ」と答えました。ムペンバ君が自分の経験から食い下がると、「君は混乱してるよ。それは世の中の一般的な物理学ではなく『ムペンバの物理学』だ」とまで言われたそうです。

 それ以来、ムペンバ君が何か間違えると、クラスの全員から「ムペンバの××」と言われるようになったそうです。計算間違えをすると「それは、ムペンバの数学だ」という風に。

 

 悔しかったのでしょう。ムペンバ君は、誰もいないのを見計らって生物学実験室で試してみました。50ccのビーカーの一つに水道水を、一方に熱湯を満たして、実験室の冷蔵庫の冷凍室に入れたそうです。1時間後に開けてみると、熱水を入れたビーカーの方に多くの氷が張っていたそうです。

 

 ダルエスサラーム大学の物理学者デニス・オズボーン博士が講演に訪れた際、ムペンバ君は質問をしました。

 クラスメートはみんな笑っていたそうです。「ムペンバの物理学だ」とからかわれました。

 博士も最初は、「え、なんだって、もう一度言ってくれないか」と聞き返したそうです。ムペンバ君が実際に試したことを聞くと、「私には、何故だかわからない。でも実験してみよう」と約束してくれたそうです。

 

 博士も、ムペンバ君は間違っていると思ったそうです。しかし、学生が疑問を持ち批判的な態度を養うことは大事だと考え直しました。笑ってはいけないと。また、日常の出来事は見かけほど単純ではない、とも思っていたそうです。

 大学の若い技術者に実験を依頼すると、「熱い状態から始めた水の方が先に凍りました」と報告してきました。また、このような現象を扱った文献も見つかりませんでした。そこで更なる実験を行うことにしました。

 

 1969年にムペンバ君とオズボーン博士は、「2つの温度の水を冷やした時、熱い方から先に凍ることがある」という内容の論文を発表しました。

 対流や水の表面の急激な熱損失が関係しているのではないかという仮説を提示しました。しかし、他にも要因があるかもしれず、より洗練された実験が必要だと結びました。

 

 これによりこの現象は「ムペンバ効果」と呼ばれるようになりました。

 その後、世界中の科学者によって研究が行われてきました。比較的簡単にできる実験であるため、多くの報告がなされましたが、結果はバラバラで、発生条件やメカニズムは依然として謎のままでした。

 

 日本でも、2010年に日本雪氷学会が中心となり、北海道大学、北見工業大学、防災科学研究所、中央農業総合センター、大阪教育大学などのチームによって、5つの異なる実証実験が行われました。その結果、たしかにムペンバ効果が起こることが確認されました。ところが同じような条件にしても起こったり起こらなかったりでした。

 「冷却に関する熱伝導、蒸発、拡散、対流などの細かな物理メカニズムは人為的にコントロールできないため、実験毎に異なる結果になったと考えられる」とまとめています。

 

 実はこのムペンバ効果を、アリストテレスやフランシスコ・ベーコン、ルネ・デカルトも知っていたようです。その他にもムペンバ効果と思われる13世紀や15世紀の記述や、各地での言い伝えがあるそうです。この謎には二千年以上の歴史があるようです。

 

 昨年3月に京都大学は、「熱的マジョライゼーション」という数学的⼿法を導⼊し、ムペンバ効果の理解に向けた統⼀的な理論枠組みを開発した、と発表しました。この理論を基にした実験的検証が進めば、熱機関や量⼦コンピュータなどの分野への応⽤も期待される、と言っています。

 今年3月には電気通信大学などの研究チームから、「量子ムペンバ効果」のメカニズムを解明した、という発表がありました。「より対称性を破った状態の方が、なぜか先に対称性を回復してしまう」という現象だそうです。

 両方とも、むずかしすぎてオジさんにはよくわかりません。

 元祖ムペンバ効果は未だ解明されていませんが、その概念は量子論の世界にまで拡張され、研究が進んでいるようです。

 

 ムペンバ君は、その後天然資源管理(ナチュラル・リソース・マネジメント)を学び、タンザニア天然資源観光省や国際連合食糧農業機関(FAO) の「アフリカ森林および野生動物委員会」で働き、2023年5月に生涯を閉じた。

や・そね

  

<参考資料>

Mpemba, Erasto B.; Osborne, Denis G. (1969), “Cool?”, Physics Education (Institute of Physics)

前野紀一(2008)「湯と水くらべ」のサイエンス 日本雪氷学会誌『雪氷』70巻593-599ページ

前野紀一、他(2012)「ムペンバ現象の検証実験」 日本雪氷学会誌『雪氷』74巻33-45ページ

「ペンバ効果の統⼀理論を構築 ―熱的緩和現象の新たな理論枠組み―」2025年3月11日 京都大学プレスリリース

「『熱い方が先に凍る』現象の量子版、その機構を解明 -スピンの量子ゆらぎが磁気秩序を“ぼかし”、対称性の回復を加速する-」2026年3月6日 電気通信大学プレスリリース

WIKIPEDIA「Erasto B. Mpemba」(2026年3月22日閲覧)

ナショナルジオグラフィック別冊『科学の謎 研究者が悩む99の素朴な疑問』(2019年11月13日)