オジさんの科学vol.130 2026年10月号
痛いの痛いの飛んでいけ!
痛みは、本当に飛んでいくのか?
右膝の変形性膝関節症のリハビリが終了した。未だ、ちょっと駆けると疲労がたまって鈍痛が生じる。が、とりあえず機能は戻った。10ヶ月かかった。足底腱膜炎にばね指(狭窄性腱鞘炎)もやった。腰痛は持病、肩も首も腰も尻も不調。ちょっと無理するとどこかが痛くなる。

小さい頃は、もちろんそんなことは無く、一日中駆けまわっていた。駆けて跳ねてコケていた。膝小僧には、生傷が絶えなかった。
ケガをしたら、まずツバをつける。そして傷に手を当てて呪文を唱える。「ちちんぷいぷい、ちちんぷいぷい。痛いの痛いの飛んでけー」って。
唾液には、抗菌、殺菌作用があり、傷の修復を促す成分も含まれるそうです。ぬるぬる成分は、保護機能を果たすとも。動物もケガをすると傷口を舐めます。
とはいえ、今は優れた消毒薬や抗菌薬、治療法が存在します。まずは清潔な水道水で雑菌を洗い流し、その後必要に応じた処置を行うのが基本のようです。
では、呪文を唱えながら手を当てる行為はどうなのだろう。痛みが和らぐような気がします。ケガをすれば、とっさに手を当ててしまいます。ケガの処置を行うことを「手当て」とも言います。
日経新聞の記事によると、優しく触れる刺激は、実際に痛みの情報の伝わりを弱めるそうです。東京都健康医療長寿センター研究所は、ラットで実験を行いました。
研究チームは、手を当てるという優しいかすかな刺激(タッチ刺激)を再現するために、皮膚に貼るシートを開発しました。直径7mmのシートには、直径0.037mm、高さ0.3mmの微細な突起が180個並んでいます。
マウスの後ろ脚の神経に電気刺激による痛みを生じさせながら、内ももにこのシートを貼り、タッチ刺激を加えました。比較のために突起の無いシートを貼った実験も行いました。
突起を持つシートによるタッチ刺激の時のみ、痛みの反応が約40%抑えられたそうです。またその効果は、シートを身体から離した後、少なくとも15分は持続したそうです。
また、電気刺激から離れた場所でタッチ刺激をした時には、効果は無かったそうです。
さらに、平均年齢24.4歳の健康な男性20名を対象とした実験も行いました。マウスと同様にシートをくるぶしに貼り、足裏に痛みが生じる46℃の熱刺激を与えました。心拍数や指先の脈波によって反応を調べたところ、突起があるシートの時のみ、刺激を抑制する反応が見られたそうです。
どうやら、痛みが飛んでいくのは気のせいではなさそうです。そしてその仕組みの一端が判ったと、今年7月に九州大学の研究チームが発表しました。
皮膚が傷ついたマウスは、その場所を繰り返し舐めるそうです。その効果としては、唾液が持つ抗菌作用などが考えられます。これはヒトがツバをつけるのと同じ。
しかしそれ以外に、皮膚へ繰り返し刺激を与えることが痛みを和らげているのではないか、と研究チームは考えました。

皮膚には、外からの刺激を感じ取る「感覚神経」が張り巡らされています。感覚神経は、皮膚で受けた刺激を脊髄に伝え、そこから脳に信号が届きます。感覚神経には様々な種類があり、痛みは「痛覚神経」によって、皮膚に触れられたことは「触覚神経」によって伝えられます。
研究チームは、特定の触覚神経を取り除いたマウスの足裏に痛み刺激を与えると、マウスの足裏を舐める時間が長くなることを発見しました。
そこで、この触覚神経だけを人為的に刺激したところ、皮膚で発生した痛み刺激の信号が脊髄で弱くなることが判りました。チームは、「『痛いところをさすると痛みが和らぐ』という、私たちにとって身近な現象の仕組みの一端が明らかになった」と言っています。
ところで、傷に手を当てるときには例の呪文(おまじない)を唱えます。このおまじないの効果を神奈川大学のチームが研究しました。
大学生40名に熱刺激を与え、同時に「痛いの痛いの飛んでいけ」という音声を聞かせたらどうなるか、を調べました。本人へのヒアリングと指先の生理反応を調査しました。比較対照として、音声が聞こえないようにした実験も行いました。
すると、おまじないを聞かせた方が痛みを強く感じる、という結果になりました。チームは、「『痛いの痛いの飛んでいけ』のおまじないには、痛み刺激による生理的ストレス反応を減少させる心理的効果が認められなかった」と結論づけました。
ちなみに、研究チームは、日本人と中国人を対象に、幼少時の痛みを緩和するおまじない経験についても調査しています。日本人、中国人共に90%以上におまじないを受けた経験がありました。
その時に、日本人の80%以上で「なでる」や「飛ばす」という行為を経験しています。中国人では、その他に「息吹きかけ」もあったそうです。
痛い場所に手を当てる、という行為は実際に効果がありそうだ。隣の席の女子が机の角に膝を打ち付けて痛がっていたら、すかさず手を当てて・・・・。なんてことは、絶対にしないように。セクハラです。

ところで「ちちんぷいぷい」とは、どんな意味なのだろうか。「智仁武勇(ちじんぶゆう)は御世の御宝」が「ちちんぷいぷいは御世の御宝」と変化し、さらに短くなったという説。春日局が、幼少期の徳川家光を鼓舞するために言ったとする説。昔話『屁こき爺』のオナラの音に由来するという説。茨城県ひたちなか市に残る「千々乱風(ちぢらんぷう)」伝説と関係する説等々の諸説あるようだ。江戸時代には使われていたらしい。
マウスは、ケガをするとしばらくの間傷口を舐めているようだ。痛いところに手を当てる時間を長くするために、このフレーズが付け加えられたのではないだろうか。
や・そね
<参考資料>
「『痛いの痛いの飛んでけ~』が本当に効いていた!痛みを抑える触覚神経を特定」
九州大学プレスリリース 2026.07.14
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/66769/26_0714_01.pdf
「痛みは「さするだけ」で軽くなる︖ 改善のメカニズムを基礎から解明」
日経新聞電子版 2026.10.01
新井典子 他 (2024) 「『痛いの飛んでいけ』の心理的・物理的効果とわらべ唄の存在意義の検討」
科学事業費助成事業 研究成果報告書






















