オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

念じるものは救われる。

オジさんの科学vol.093 2023年9月号

 

 小学校の低学年だったと思う。町の公民館で上映された「サイボーグ009」。自動車事故で重傷を負った島村ジョーは、機械を体に埋め込んだサイボーグとして生まれ変わる。9人のサイボーグ戦士たちは、肉体と一体化した様々な装置を操り、ブラックゴーストと戦う。その後コミックスも10冊以上買った。

 

 SFやアニメの世界の様な技術が、現実のものとなりつつある。

 今年6月、スイス連邦工科大学ローザンヌ校などは、「脊髄損傷で下半身がマヒした40歳の男性に、脳の信号を読み取る装置と脚を動かす電気刺激を発生させる装置、そしてAI使って自然な歩行を取り戻させた」と発表した。

 男性は、12年前に自転車事故で首の脊髄を損傷し、両足が完全に動かなくなっていた。

 

 今回の発表によると、男性の左右の頭蓋骨内には、直径5cm程の円盤状のセンサーが埋め込まれた。それぞれのセンサーには64個の電極がついており、男性が「歩こう」と考えた時に、大脳皮質で生じた脚の動きを制御する電気的活動を感知する。

 


 センサーが感知した電気的活動は、男性が背負ったバックパックの中のコンピューターにワイヤレスで送信される。この信号をコンピューターに搭載されたAIが検知する。AIは、ひざや足首、脚の筋肉などを動かそうとする時の脳の信号を、予め学習している。

 

 男性の腰のあたりの背骨には、3年前に始まった事前研究の時から、脊椎の神経に電気刺激を与えて脚を動かす装置が埋め込まれている。

 男性はボタンやタブレットによって電気刺激のパターンを制御して脚を動かす訓練を繰り返した。このパターンをAIに学習させた。

AIは、脳からの信号を分析し、適切な電気刺激を発生させる指令を出す。

 

 装置を使う事で、男性は自分の意志で歩いたり、立ち止まったり、階段を上ったりできるようになった。さらに、約40回のリハビリの後には、脚を自発的に動かすことが出来るようになった。短い距離なら装置を作動させなくとも、松葉づえを使って歩くことが出来るようになった。

 

 日本でも、研究が進んでいる。

 今年8月、順天堂大学の研究チームは、「麻痺した手を思い通りに動かすAIロボット」というニュースを発表した。チームは、患者の脳から神経に送られる電気信号をAIで解析し、その意図にあった動きをロボットハンドの力を借りて実現する装置を開発した。

 患者のマヒした側の前腕に付いた3対の電極が、脳から送られる電気信号感知する。AIは、患者が「指を伸ばそう」としているのか、「曲げよう」としているのか、それとも力を入れないように「リラックスさせよう」としているのか読み取る。そして意図に合わせて手の甲に装着されたロボットハンドが、患者の手を動かす。

 

 


研究には、脳卒中発症後2か月以上経過した後も手にマヒが残っている患者20名が参加した。患者は、AIロボット群と他動ロボット群に分けられた。AIロボット群では、1回40分間、AIロボットを使用して、自分の意図で指の曲げ伸ばしするトレーニングを週2回、計10回行った。

 一方他動ロボット群では、自分の意図とは関係なくロボットハンドの力で指の曲げ伸ばしをするトレーニングを同じ回数行った。

 

 AIロボット群は、トレーニング後に手の動きに改善が見られた。さらに、その効果は4週間後でも維持されていた。日常生活においてもマヒした手を使うようになったという。

 

 慶応大学発のスタートアップ企業のライフスケイプスは、直接脳波を読み取る装置を開発している。患者はヘッドギアを頭にかぶり、マヒした手を動かすようにイメージする。AIは、正しい脳波のパターンを検知するとロボットに手を動かす指示を出す。同時に腕の筋肉にも電気刺激を与え筋肉の収縮を促す。

 

 慶応大学や東京リハビリテーション病院で実施した臨床研究には、脳卒中などで重度のマヒになった患者38人が参加した。7割で指の筋肉に反応が見られるようになり、一部の患者は物をつかんだり離したりできるようになった。

 

 脳波を読み取り、機械を操作する技術をBMIブレイン・マシン・インターフェース)という。この技術には、様々な用途があると期待されている。

 

 国際電気通信基礎研究所などのチームは、「第3の腕」というBMI装置を開発した。

 2本の腕を使いながら念じることで、3本目のロボットアームを使うことが出来るか、という実験が行われた。

 

 参加者は、9つの電極がついた脳波計をかぶる。これで脳波を解析してロボットアームを動かす仕掛けになっている。ロボットアームは、人間の左手そっくりで長袖のシャツを着ている。これを腰かけた参加者の左の肩口に設置した。参加者から見ると左手の横にもう1本の腕が生えているような感じだ。

 

 参加者は椅子に座り、フタを取ったアタッシュケース程の箱を、自分の両手で膝の上に持つ。箱の底には、△、□、♡、☆のマークが描かれている。箱にボールを入れ、参加者は4つのマークをたどる様にボールを動かす。この作業は、かなりの集中力を要するそうだ。その最中に、横から差し出されたペットボトルを第3の手で受け取る。

 

 実験には、15人のボランティアが参加した。まずは、肩ごしに見える第3の腕に意識を向けて、「ボトルをつかみたい」と念じる。ただしこの時、腕は動かない。これを何度か繰り返し、脳波を測定する。そして本番。

すると8人は、85%ほどの成功率を達成した。一方7人は、50%程度にとどまった。エヴァンゲリオンのシンクロ率の様なものがあるのだろうか。

 

 4年間の試行錯誤があった。

 最初は9つの電極で、5種類、計45の脳波を測定し全て解析した。研究が進むにつれ、1つの脳波だけで判別できることが分かった。

 当初は、音が鳴ったら「腕を動かしたい」と念じる、という抽象的な設定だった。すると脳波のシグナルが弱かった。そこで差し出されたボトルを「つかむ」ことにした。

 さらに、機械そのものだったアームを人間そっくりの腕に変えたところ、さらに成功率が上がった。

 自分の手は特に何もせず、単純に差し出されたペットボトルを第3の腕でつかむ実験も行われた。ところが、単純実験の方が成功率は低かった。

 とっさの動きの方が、上手くできるのかもしれない。

 

 普段、歩いたりモノを持ったりする時は、ほとんど無意識だ。意識すると動きがぎくしゃくする。色々考えすぎて、オジさんのドライバーはまっすぐ飛ばない。チャーシューメンだけの方が良いのかも。しかし、打った後は、いつも「林には入るな!」と強く念じる。

 

                         や・そね

 

<参考資料>

 

ウェブマガジン

Natureダイジェスト 2017年1月号「脊髄損傷サルに歩行を取り戻させた装置」

同                     2019年1月号「電気刺激で脊髄損傷患者の脚の運動機能が回復」

同                     2022年4月号「脊髄刺激は麻痺のある人々の歩行回復を助ける」

同                     2023年6月号「脊髄損傷で麻痺した脚に自然な歩行を取り戻させた装置」

 

プレスリリース

「世界初、思うだけで操れる3本目の腕」 2018年7月26日

国際電気通信基礎技術研究所、科学技術振興機構内閣府政策統括官 

「麻痺した手を思い通りに動かすAIロボット」 2023年8月24日 順天堂大学

 

雑誌

日経サイエンス      2019年11月号 特集BMIで拡張する身体「第3の腕を手に入れる」

 

新聞

日本経済新聞     2023年6月27日「脳波読み取り『BMI』で脳卒中リハビリ支援 慶大発新興」

同                     2023年8月31日「脳と機械つなぐBMI技術 脊髄損傷患者の歩く機能回復」