オジさんの科学vol.116 2025年8月号
『オオルリ流星群』を読んで
夏休みの宿題は、無くなる傾向にあるそうだ。オジさんが小中学生だった頃は、ドリルや絵日記、図画工作、自由研究そして読書感想文と盛りだくさんだった。
そこで今回は、読書感想文になぞらえて、一冊の本を紹介しながら科学のトピックを話してみたい。
本のタイトルは『オオルリ流星群』。
舞台は、神奈川県西部に位置する秦野市。オジさんのホームゴルフ場もここにある。丹沢の南斜面に位置し、山腹にあるコースからは相模湾まで一望できる。

秦野には、地元の高校を卒業した同級生4人が住んでいる。3年の夏に、学園祭に向けて1万個の空き缶を使って校舎の壁面を覆うタペストリーを作った仲間だ。今は45歳になっている。タペストリーには丹沢に棲む青い鳥「オオルリ」が描かれていた。
久志は、町の薬屋だがやる気のない3代目。千佳は、公立中学の理科教師で科学部の幽霊副顧問。修は、東京の番組制作会社を辞めて戻ってきた。和也は、実家に引きこもりっている。皆、ミドルエイジ・クライシス(中年の危機)に直面していた。
物語は、高校卒業以来28年間音信不通になっていた彗子(けいこ)が、秦野に現れたところから始まる。彗子は国立天文台の研究員をクビになっていた。4人と共にタペストリーを作った仲間で、「スイ子」と呼ばれる。
そしてタペストリーづくりには、製作を提案した6人目のメンバーがいた。しかし途中で仲間を抜け、浪人中に不慮の死を遂げた。
彗子の目的は、私設の天文台を作ることだった。国立天文台では、ハワイのすばる望遠鏡を使って「太陽系のはて」の研究をしてきた。そして、この研究を手持ちの市販の望遠鏡(口径28cm)で続けようと考えていた。しかもほんのわずかしかない資金で。かつての同級生たちは、手伝う事になる。
やっと見つけた天文台候補地の地主に、プレゼンを行うことになった。
壁にノートパソコンの画面が映し出された。「冥王星を含む太陽系外縁部を『エッジワース・カイパーベルト』といいます」と彗子は説明する。そこには、微惑星と呼ばれる46億年前にできた原始太陽系の欠片が残っていると考えられている。しかし、小さすぎてすばる望遠鏡の様な最先端の巨大望遠鏡でもその存在は確認できていなかった。
これを探し出そうというのだ。テーマは「掩蔽(えんぺい)を利用した微小カイパーベルト天体の探索」。
壁に向かって千佳がレーザーポインターの赤い光を当てる。彗子はテニスボールを使い、その光をさえぎってみせた。「これが、掩蔽です」。
「日食と同じ原理だよな」と修。
「そう。太陽を月が隠すように、恒星をカイパーベルト天体が隠す。だから『星食』と言ってもいい」。これを観測しようという試みだ、と彗子は話した。
著者の伊予原新さんは、元々は地球惑星科学の研究者。理学部の助教をしている時にミステリーのトリックを思いつき江戸川乱歩賞に応募したところ最終選考に残ってしまったそうだ。横溝正史賞を受賞し、作家デビュー。今年172回直木賞を受賞した。
彗子が目指す観測には、モデルとなった研究があります。2019年、京都大学を中心とする研究グループが『史上初、太陽系の果てに極めて⼩さな始原天体を発⾒―宮古島の⼩さな望遠鏡が太陽系誕⽣の歴史と彗星の起源を明らかに―』と発表しました。
研究グループは、彗子と同じ市販の口径28cmの望遠鏡を使い観測しました。この望遠鏡には、星空を動画で撮影できるCMOSビデオカメラを取り付けられました。彗子も同じです。かかった費用は、約350万円。競合する米国などの国際掩蔽観測計画の開発費は、約10億円だそうです。
星が多い天の川を、カイパーベルト天体の数が多いと予想される黄道(天球上の見かけの太陽の通り道、つまり太陽を回る地球などの惑星が公転する面)が横切る付近、いて座の領域にある約2,000個の恒星を約60時間観測し、得られた動画データを解析しました。
その結果、12等星が約0.2秒間だけ最大約80%減光していることが発見されました。詳細な解析の結果、この明るさの変化は、地球から約50億km離れた半径およそ1.3kmのカイパーベルト天体による掩蔽によって説明できることが判りました。

ちなみに地球と太陽の距離は、約1億5000万km。また、これまで直接観測によって確認できていた最小クラスのカイパーベルト天体は長径およそ30kmだそうです。カイパーベルト天体は、彗星の起源になっていると考えられています。
彗子は星好きの父親が付けた名前だ。1972年10月8日の夜、多くの日本人ともに彗子の父も空を見上げていた。「ジャコビニ流星群」を見ようと。ジャコビニ流星群は、1933年にはヨーロッパで、1946年にはアメリカで1時間当たり数千から数万個の流星が観測された。そしてこの年は、好条件になる日本でも大規模な流星雨がみられると予想されていた。

残念ながら流星群が空振りに終わった9日の未明に、彗子は生まれた。流星のもとは、カイパーベルトから来た彗星が放出した塵。「彗星が流星群の代わりに運んでくれた子」と名付けられた。
物語は、5人が2017年のジャコビニ流星群を観測するシーンで終わる。
再び仲間たちと過ごす中で、久志は気づく。45歳になった自分たちは、いま星食の時なのかもしれない。道しるべとして頼りにしてきた星が見えなくなって迷っている。しかし、「星食」はやがて終わる、と。
これは、中年5人が新たな一歩を踏み出そうとする物語なのだ。
1972年10月8日の夜、中学生だったオジさんも、宮教大の講義棟の屋上で仙台天文同好会の人たちと共に、ジャコビニ流星群の出現を待っていた。しかし、初めての完徹にもかかわらず流星は見られなかった。星食どころか、全天の雲が一晩中星を覆い隠していた。あれから50年以上経つが・・・・。
や・そね
<参考資料>
「史上初、太陽系の果てに極めて⼩さな始原天体を発⾒―宮古島の⼩さな望遠鏡が太陽系誕⽣の歴史と彗星の起源を明らかに―」(2019年1月29日) 国立天文台、京都大学、東北大学、神戸大学、京都産業大学プレスリリース