オジさんの科学

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ティラノサウルスの巨大進化に新説「大陸間シャトル進化」

オジさんの科学vol.115 2025年7月号

ティラノサウルスの巨大進化に新説「大陸間シャトル進化」

 

 かつて、ある宴会で「恐竜作戦」を決行した。前回の宴会で、身体がでかくてめっぽう酒が強い部門長に捕まった若手社員が、酔いつぶれて救急車で搬送されたのだ。もっと飲めという部門長の一言を、部下は怖くて断れない。声をかけられないための作戦を練った。

 作戦その1、恐竜の様にゆっくりと動く部門長に合わせて、素早く宴会場の対角線エリアに移動し続ける。作戦その2、部門長の視線を感じた時は動きを止める。恐竜は、動くものしか捉えられないからである。知見に基づいて作戦は立案された。

 

 恐竜の中でも最も強かったと言われるのが「ティラノサウルス」です。ティラノサウルスとは「暴君トカゲ」という意味です。

 2002年に、ティラノサウルスは走れなかった、という論文が発表されていました。しかし、2019年に神奈川大学の宇佐美准教授が、シミュレーションによってティラノサウルスの速さの上限を算出したところ、秒速14.1m(時速約51km)という値が出ました。宇佐美准教授は数理生物学が専門で、筋骨格モデルをコンピューター内の仮想空間で走らせました。ウサイン・ボルトですら逃げ切れないようです。

 

 映画『ジュラシックパーク』の中では、ティラノサウルスは動く獲物しか見えない、と表現されていました。しかし、ティラノサウルスは動いていない獲物でも、目でしっかりと認識することができたようです。じっとしていても見つかってしまうみたいです。

 

 ティラノサウルスの仲間の中で最も巨大化した「ティラノサウルス・レックス(Tレックス)」は、白亜紀末期に北米大陸に生息していました。そして他の恐竜と共に6,600万年前に絶滅しました。最大の個体は体長が12m、体重が約9tもあった、とする推定もあるようです。一般的にティラノサウルスと言えばTレックスを指します。

 頭が大きく、頭蓋骨の長さは1.5mもありました。一口で最大230キロの肉を食べることができたと推測されています。ふんを調査すると、粉々になったトリケラトプスエドモントサウルスなど餌食となった恐竜の骨の化石が発見されました。ティラノサウルスは、獲物の骨をかみ砕きながら食べていたようです。

 

 なぜこれほど巨大で強力なTレックス北米大陸に現れたのか、これまで判っていませんでした。

 今年6月、北海道大学カルガリー大学の国際共同研究グループが、その進化に道筋をつける新たな仮説を、学術誌「Nature」に発表しました。

 

 研究グループは、モンゴルの白亜紀後期の地層(約9,000万年前)から発見されたティラノサウルスの仲間で新種の「カンクウルウ・モンゴリエンシス」を報告しました。カンクウルウは、モンゴル語の王子と竜を組合わせた造語。カンクウルウ・モンゴリエンシスとは「モンゴルの竜の王子」という意味です。

 

 竜の王子は、体重が500kg未満と推定され、細身の体つきや未発達の頭部など、「幼いティラノサウルス」によく似た特徴を持っていました。Tレックスのような大型のティラノサウルスらしさを持ちつつ、大人のティラノサウルスではなくなってしまう特徴も持ち合わせていました。

 カンクウルウを軸に考えると、ティラノサウルスの仲間は、「成長を加速させる進化(過成熟化)」によって頭が大きくなり、歯は太くなり、大型で筋肉質のパワー型の恐竜になったと説明できるそうです。

 

 研究グループはカンクウルウやTレックスを含むティラノサウルスの仲間約30種類の化⽯や標本を再度調査。進化のつながりや枝分かれを解析し、系統樹を再構築しました。

 大型化したティラノサウルスの祖先は、まずアジアで誕生しました。その後8,600万年前までに北アメリカに渡ります。しばらく北アメリカに分布した後、7,800万年前頃に再びアジアに戻ります。さらに7,300~6,700万年前、またまた北アメリカに移動し、暴君として君臨したと考えました。

 

 これにより「ティラノサウルスは北アメリカで誕生し、巨大化した」という従来の説を覆しました。ティラノサウルスは「大陸間シャトル進化」により巨大化したのです。



 さて、この研究のこぼれ話も紹介しましょう。

 こぼれ話その1、今回新たに新種として記載されたカンクウルウは、50年以上も前にモンゴル科学アカデミーの調査で発見されました。長らく別の種に仮分類されていた標本を、研究グループが再検討し、大型ティラノサウルスの仲間の進化の鍵として位置づけたそうです。

 

 こぼれ話その2、通常このような発見のプレスリリースは大学などの研究機関から発信されます。ところが今回は、PRTIMESという民間企業のニュースを取り扱うPR会社からもリリースが配信されました。中央開発という会社の「当社社員がティラノサウルス類新種発⾒に貢献」という発表です。中央開発は地盤調査や土木計画などを行う会社の様です。この会社の社員が北大の大学院在籍中にこの研究に携わり、Nature論文の共著者となったようです。ちょっと微笑ましいリリースでした。

 

 えっ、ところで恐竜作戦はどうなったのか?って。オジさんたちは、作戦の甲斐もあり、無事に宴会を切り抜けることができた。だが、作戦を伝授していなかった若手1名が捕獲され、救急車のお世話になった。

 

や・そね

 

<参考資料>

「大型ティラノサウルス類の起源と進化の解明 ~ティラノサウルスの進化の鍵は“成長スピードの違い”~」(2025年6月12日)北海道大学 プレスリリース

 

「恐竜たちの走りを再考する」 日経サイエンス 2019年9月号

 

Tレックスの進化の謎に迫る新種の恐竜を発見、『竜の王子』 9000万年前のカンクウルウ・モンゴリエンシス、ティラノサウルスの進化史を再構成」(2025年6月17日)ナショナルジオグラフィック日本版サイトNews https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/25/061700328/

 

「史上最大のティラノサウルスと判明、約9トン」 (2019年3月28日)ナショナルジオグラフィック日本版サイトNews https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/032800189/

 

「動物大図鑑 ティラノサウルス・レックス」 ナショナルジオグラフィック日本版サイト(2025年7月20日閲覧)https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20141218/429116/

 

「恐竜・古生物 Q&A ティラノサウルスは動く獲物しか見えなかったの?」福井県立恐竜博物館HP(2025年7月20日閲覧)https://www.dinosaur.pref.fukui.jp/dino/faq/r02041.html

 

ティラノサウルスの巨⼤化、アジアと北⽶往来の過程で進化 北海道⼤」(2025年6月12日)日経新聞電子版 

 

「当社社員がティラノサウルス類新種発⾒に貢献 『カンクウルウ』と命名ティラノサウルスの”進化の空⽩”を埋めるためにー」(2025年7⽉11⽇)中央開発株式会社プレスリリース