オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

クモ男は、現れるか?

オジさんの科学vol.096 2023年12月号

 

 スパイダーマンは、クモに噛まれたことで、特殊な能力を獲得します。クモの遺伝子が主人公の体の中で働き、糸を紡ぎます。
 しかしこの設定、さすがアメリカンコミックです。なんと荒唐無稽、妄想膨大、支離滅裂なこと。噛まれたぐらいで、他の生物の遺伝子が注入されてしまったら、ヘビ人間やモスキートマンが巷にあふれているはずです。そろそろクマ男も出現しているはずです。

 

 遺伝子は、親から子へと受け継がれていくものです。これを「遺伝子の垂直伝播」と呼びます。かつては、異なる生物の遺伝子が混じり合うなんてあり得ないと考えられていました。
 しかし近年、微生物などの遺伝子は、種の垣根を飛び越えて移動することがわかってきました。こちらは、「遺伝子の水平伝播」と呼ばれます。
 そして、より高等な生物においても、遺伝子の水平伝播が起こっていることが明らかになってきました。

 

 今年10月、理化学研究所などの研究チームは、寄生虫ハリガネムシがカマキリから獲得した遺伝子によってカマキリを操っている可能性を発表した。
 ハリガネムシは、全長は数cm~最大1m、直径は1~3mm 程度の細長い生き物。表面は固い殻のようなもので覆われている。だからハリガネムシ

 

 池や川などの水中で卵から生まれると、カゲロウやユスリカなどの水生昆虫に寄生する。やがてこれらの昆虫は羽化して、水辺から旅立つ。昆虫がカマキリに食べられると、ハリガネムシの幼虫もカマキリの体内に移動する。やがて成長すると、カマキリの行動を操るようになる。カマキリを池や川などに向かわせ、飛び込ませるのだ。いうまでもなく、カマキリは泳げない。おぼれたカマキリから脱出したハリガネムシは、水の中で交尾、産卵する。

 

 研究チームは、ハリガネムシとカマキリの全遺伝子を分析した。すると、カマキリの入水時に働いているのは、もっぱらハリガネムシの遺伝子群だった。それらは、カマキリが持つ遺伝子と非常によく似ていた。ハリガネムシは、元々カマキリが持っていた遺伝子を使い、カマキリの行動を操っていると考えられる。カマキリから遺伝子の水平伝播を受けることで、水中での繁殖が可能になった。

 

 長浜バイオ大学などの研究チームは、昨年4月に「ヘビの遺伝子がカエルに飛び移る?」と発表した。研究チームは、世界各地からヘビ20科106種、カエル28科149種を集め、主にヘビが特徴的に持つ遺伝子を分析した。すると、少なくとも42回の水平伝播が起こったことが示された。特に、マダガスカルでは、約5,000万年の間に14回以上の水平伝播が起こっていた。

 

 この水平伝播は、寄生虫によって仲介されている可能性が高い。研究チームは、脊椎動物の遺伝子水辺伝播は、マラリアなどの感染が蚊を媒介して広がるのとよく似たメカニズムで起こってかもしれないと考えている。

 

 その他にも、不凍たんぱく質の遺伝子の例がある。不凍たんぱく質は、低温でも体の凍結を防ぐ。ニシンとワカサギは、進化的に遠い関係だが、同じ種類の不凍たんぱく質を持っている。ニシンの遺伝子がワカサギへと水平伝播した結果だと考えられている。 
 また、ヒトを含む脊椎動物の目の網膜に係る遺伝子も、5億年以上も前に細菌から飛び移ってきたことが分かっている。

 

 哺乳類の胎盤もウイルス由来の遺伝子によって作られている。京都大学などの研究チームによると、3,000万年程前に祖先に取り込まれたという。
 ウイルスは、水平伝播に大きく寄与していると考えられている。現在の遺伝子治療や遺伝子編集の際にも、遺伝子の運び屋として様々なウイルスが利用されている。
 自然界には、遺伝情報をDNAに作り替え、細胞の染色体に遺伝子を組込むことができるレトロウイルスが多数存在する。胎盤を作る遺伝子もこれによって獲得されたと考えられている。ヒトのゲノムには10万個におよぶレトロウイルスのDNAの断片があり、ゲノム全体の8%がウイルス由来だと言われている。

 

 今年12月に、名古屋大学などの研究チームは、より単純な遺伝子導入の可能性を示した。
 6月、研究チームの代表者は、新幹線の中である妄想に耽っていた。DNAの溶液中で電気パルスを使って細胞膜に小さな穴をあけ、遺伝子を導入する手法がある。電気ウナギの放電によって、同じように周辺生物の遺伝子組み換えが起こるのではないか、と。

 

 電気ウナギを手に入れた研究チームは、実験対象としてゼブラフィッシュの幼魚を選んだ。これらを一緒に入れた水槽の水には、緑色蛍光タンパク質GFP)を作り出すDNAを混入させた。これが、ゼブラフィッシュの細胞に取り込まれてGFPを生産すれば、緑色に光ることで遺伝子の導入が確認できる。
 エサを入れると、電気ウナギは放電で攻撃しながら食いつく。これを繰り返したところ、約5%のゼブラフィッシュで緑色の発光が確認できた。

 

 自然の海や川にも、環境DNAと呼ばれるたくさんの遺伝情報が漂っています。それが偶然他の生物に取り込まれることもあるかもしれません。
 ヘビ遺伝子の研究チームは、「マダガスカルは、遺伝子水平伝播のホットスポット」、あるいは「水平伝播のパンデミックが起きている」と表現しています。約5,000万年間に14回も起きているということは、たった350万年に1回の頻度で遺伝子の移動が起きていることになります。
 そのうち、本物のスパイダーマンだって誕生するかもしれません。数百万年ほど待てば、クモから人間への遺伝子の水平伝播だって起きるかもしれないのだから。

や・そね

 

参考資料

プレスリリース

『哺乳類のゲノムに隠された古代ウイルス ―古代ウイルス特有の遺伝子制御機構の発見―』2021年11月10日 京都大学

『ヘビの遺伝子がカエルの飛び移る? ―寄生虫が仲介する遺伝子水平伝播のパンデミックー』2022年4月11日 長浜バイオ大学広島大学総合研究大学院大学山口大学早稲田大学

『カマキリを操るハリガネムシ遺伝子の驚くべき由来 -宿主から寄生虫への大規模遺伝子水平伝播の可能性―』2023年10月19日 理化学研究所京都大学、国立台湾大学大阪医科薬科大学神戸大学

デンキウナギの放電が細胞への遺伝子導入を促進する ~飼育下でのゼブラフィッシュ幼魚への蛍光タンパク質導入を確認~』2023年12月4日 名古屋大学京都大学

新聞

『「飛び移った」遺伝子で進化 ヒトの目もハリガネムシも』2023年11月25日 日本経済新聞電子版

書籍

カール・ジンマー/ダグラス・J・エムソン『進化の教科書 第3巻』BLUE BACKS 講談社