オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

将棋と脳

オジさんの科学vol.019 2017年7月号(2017年7月23日/2019年11月15日修正)

 

 藤井聡太四段が、驚異のプロ入り29連勝を達成した。そのおかげで、大将棋ブームの到来のようだ。オジさんも30連勝をかけた佐々木勇気五段との一戦を、abemaTVで観戦した。
 持ち時間は各5時間。丸一日考え続ける。みろく亭の冷やし中華大盛りを食べている時も、きっと考えている。
 藤井四段は、持ち時間が無くなった終盤戦の瞬時の判断も正確だという評判だ。

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 14歳でプロ棋士になった藤井四段だけでなく、天才と呼ばれる棋士は多い。30連勝を阻止した佐々木五段も16歳でプロになった。

 藤井四段が三連勝している詰将棋選手権では、39手詰以内で5問出題される。制限時間は90分。解答が早ければ早いほど上位になる。オジさんはせいぜい5手詰まで、まぐれで解けても7手詰が限界だ。

 

 プロ棋士とアマチュアではどこが違うのか。
 理化学研究所富士通日本将棋連盟の協力を得て始めた「将棋プロジェクト」は、脳科学の観点から研究を続けている。
 今回は、このプロジェクトの研究成果の一部を紹介します。

 

 元々プロジェクトでは、正解を直感的に思いつく時や一つの課題をずっと考えている時の、脳の様子を調べようとした。
 そのためには、いくつかの条件に合った方法と参加者(被験者)を見つけなければならなかった。

・同じ分野で、直感を発揮できる能力を持った被験者が何人も居なくてはならない。

・脳の様子は、健康診断の精密検査でも使われるMRIで測定する。被験者は動けない。身体を動かさなくても、脳を働かせる実験でなければならない。

・被験者は、測定している間ずっと同じことを考え続けなければならない。

・被験者は、実験の後に何を考えていたかを説明できなければならない。

などなどだ。

 

 この被験者にうってつけだったのが、将棋のプロ棋士たちだった。
 直感的に最善手を見つけられるだけではない。長考も厭わず、何手も先まで変化を読み切る。そして彼らは頭の中で将棋盤をイメージし、現実の駒を使わずに対局を行うことすらできる。

 

 プロ棋士が最善手を直感的に思いつく時に、脳のどの領域が使われているのかを探った。この実験には、プロ棋士17名と2~4段の高段位アマチュア棋士17名が参加した。
 詰将棋の問題を次々と1秒間だけ見せ、2秒以内に回答を選択させた。
 プロは脳の中心近くにある尾状核(びじょうかく)というところが強く活動した。
 逆にじっくり考えさせる長考課題では、しわしわの脳の表面(大脳皮質)だけが活動した。

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 一方アマチュアは、どちらも大脳皮質だけが働いていた。
 尾状核は目的達成に向けた複雑な行動をとる時に活動すると言われている。
 プロ棋士は何年もの間集中した学習を行うことによって、尾状核の神経回路が活動するようになるのではないかと考えられた。

 

 しかし訓練して尾状核が活性化してプロになれたのではなく(結果)、元々活性化している人だからプロになれた(原因)のかもしれない。
 そこで、訓練で尾状核が活性化するかを実験した。将棋の経験のない人20人を対象に、5×5マスの盤を使い王将、金、銀、飛車、角、歩各一枚で戦う「5五将棋」の訓練をさせた。期間は4カ月。訓練初期と訓練後の脳の働きを測定した。訓練後は5五将棋詰将棋を短時間で解く直感的思考能力が向上した。
 そして尾状核の神経活動が現れた。活動の強い人ほど課題の正答率が上昇する傾向があった。
 活動の違いは、興味や真剣さなど取り組み方の違いによって生まれた可能性がある、と考えられた。

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 プロジェクトは、戦略を決める時の脳のメカニズムにもトライした。
 アマチュア高段者17名に、いろいろな局面を見せ、攻めるべきか守るべきかを判断させた。また別の問題では、具体的な次の一手を2~4択で選ばせた。戦略決定の正答率は次の一手より高く、反応時間も短かった。
 戦略は具体案を検討した結果としてではなく、直感的に決められているらしい。また、攻めと守りに関して、脳は別々の領域を使っていることもわかった。

 

 アマチュアは、守りを重視する人、攻めを重視する人のばらつきが大きかった。
 比較のために学習を積み重ねたプロ棋士6人に同じ課題を行ってもらったところ、このようなばらつきはなかった。
 これらのことから戦略は、過去の経験から無意識のうちに、直感的に決定されることがわかった。

 

 五手詰の詰将棋しかできないオジさんも、サラリーマンのプロだ。
 不意に上司から質問されたり、得意先から新しいアイディアを求められたり、部下から突然の相談を受けたりする。即答できるように、尾状核を鍛えて直感力を磨こう。
 相手の出方も考える。どんな質問が飛んでくるか、自分の行動がどう受け取られるか事前にじっくり考える。そんな時は、大脳皮質が働いているはず。

 

 戦略は、経験から直感的に判断される。少ない経験でも思い込みで決めてしまう。間違えないためには、経験値の高いスタッフの意見を聞かないといけない。
 なんか当たり前のことだが、その仕組みが解明しつつあるということだ。
 このプロジェクトには、二日酔いや寝不足の時の脳の活動についても、研究してもらいたいものだ。

                                や・そね