オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

砂漠のグラフィティ

オジさんの科学vol.048 2019年12月号

2019年12月に配信した文章を2021年7月に微修正し、掲載しました。

 

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 2019年11月、山形大学の坂井正人教授らのグループが、南米ペルーのナスカ台地とその周辺で、新たに143点の地上絵を発見したと発表した。

 現地調査だけでなく、人工衛星や航空レーザー測量などによる高解像度三次元画像のデータ解析を行った。

 その内の1点は、IBMワトソン研究所との共同研究によって、AIが見つけ出したものだった。

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 ナスカ台地は、ペルーの南部にある。海岸から50kmほど内陸に入った砂漠地帯で、東西約20km、南北約15kmに及ぶ。

描いたのは、2400年~1300年前の人々。

 地上絵のエリアは、山から雨水が流れ込まない場所のため長い年月浸食をうけなかった。

 地上絵の総数は1,000を超えると言われているが、ほとんどが直線や三角などの単純な幾何学模様である。有名なクモやハチドリの様な具象画は少ない。

 

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 今回発見された地上絵は、人間、鳥、猿、魚、キツネ、ネコ科動物、ラクダ科動物など。これらの地上絵は、黒地に白の線画タイプと、白黒の面によるベタ絵タイプに分かれる。

 前者は比較的大きく、最大で全長100m以上あった。周囲からは土器の破片などが見つかり、儀礼場だったのではないかとみられている。

 一方後者は小さく、5m以下のものあった。小道沿いや山の斜面に描かれており、移動のための道標ではないかと考えられる。

 

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 台地の平面に描かれた地上絵は、空から視ないと何が描かれているか判らないと言われてきた。しかし、現地で歩くと何の絵か判るそうだ。

 地上絵は左右対称のものが多い。認知心理学が専門の渡邊洋一山形大名誉教授によると、左右対称に描かれた図像は比較的容易に認識できるということだ。

 

 古代ナスカの人々は地表を覆う黒ずんだ石の層を取り除き、その下の明るい色合いの砂地を露出させる、という単純な方法で地上絵を描いた。

 ナスカ台地の南西部に、聖母マリアの地上絵がある。全長80mのこの絵は、現地の二人の女性によって2003年に描かれた。二人は全体像を頭の中でイメージし、一人が目測で目印になり、もう一人が片足を引きずり、石をどかして描いたという。要した時間は30分ほど。マリアの線の太さは、古代の地上絵と同じ約20cmになった。現地の農民は、広い畑の中の農作業によって位置感覚が養われるという。

 このやり方を日本の砂浜で実験すると、1時間ほどでハチドリやキツネの地上絵を描くことができた。

 

 ナスカの地上絵はどんな目的で描かれたのだろうか。

 UFOの飛行場ではないかと考えた宇宙人説。月や太陽、星の運航を示した巨大な天文図だとする説などがある。
 現在有力視されているのは、豊穣祈願のためだったという説だ。地上絵のモチーフには、生贄を連想させるものや豊作に寄与すると考えられた動物が多い。

 
 クモやハチドリなどの生き物を現した地上絵のほとんどは、一筆書きで描かれている。ある地点から線の上に乗って歩くと、絵柄をなぞることができる。この行進によって儀式が執り行われた、と考えている研究者もいる。

 

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 2019年6月に北海道大学の江田真毅准教授らのグループは、地上絵に描かれた鳥を鳥類学の観点から初めて識別したと発表した。

具象画の中で最も多いのが鳥類。16点ほど知られている。有名な「ハチドリ」をはじめ、「サギ」「コンドル」「フラミンゴ」「グンカンドリ」「オウム」「アヒル」などと名付けられている。

 これらは、全体的な印象やわずかな形態的特徴を根拠に名付けられてきた。今回は、各地上絵に描かれた鳥の形態的特徴を可能な限り抽出し、現在ペルーに生息する鳥と比較した。

 

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 その結果、識別できた地上絵は16点中3点だった。従来からハチドリと呼ばれてきた図形は、カギハシハチドリと形態が一致した。またグンカンドリや「グアノ鳥」と呼ばれてきた図形は、ペリカンと識別。「シロサギ」などと呼ばれてきた図形もペリカンと確認された。

 カギハシハチドリはアンデス山脈の東側や北側に生息し、ペリカンはナスカ台地から50kmほど離れた海岸部に生息する。

 一方でコンドルやフラミンゴなどと呼ばれる有名な地上絵は、ともに特徴が一致しなかった。

 その他は、何の鳥を書いたのか認定できなかった。少なくともペルーで見られる鳥とは考えられなかった。

鳥だけではない。

 らせん状の尾を持った「サル」のように、ナスカにはいない動物も描かれている。想像上の動物や不思議な図形もある。

 

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 屋外に描かれた謎の絵と言えば思い出すのがバンクシー。ナスカの地上絵は、キース・へリングに似ている。

 建物の壁や高速の高架下、地下鉄などに描かれた落書きをグラフィティと呼ぶ。ギャンググラフィティと呼ばれるものもある。ここで言うギャングとはアメリカなどの不良仲間のこと。若者は自己主張のためにグラフィティを描いた。暴走族の落書きと似ているかもしれない。

 

 ナスカの地上絵のほとんどを占める幾何学模様は、豊穣を祈るためのものだったかもしれない。

 でも、変な生き物や不思議な図形は、古代ナスカの若者たちが即興で描いたグラフィティだったかもしれない。

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※ナスカ台地の地上絵は1994年にユネスコ世界文化遺産に指定されました。しかし、分布調査が不十分なため、破壊が進んでいます。山形大学は現地に研究所を設置し、ペルー文化省と協力して地上絵の保護活動を続けています。

                                       や・そね

<参考資料>

プレスリリース

『ナスカの地上絵の鳥を鳥類学の観点からはじめて同定』北海道大学2019年6月20日

『ナスカ台地とその周辺部で143の新たな地上絵を発見』山形大学日本アイ・ビー・エム 2019年11月15日

 

報告書

科学研究費補助金研究成果報告書『ペルー・ナスカの地上絵の学際的研究』

2009年5月20日

 

書籍

『ナスカの地上絵』シモーヌ・ヴェズバー 1983年

『ナスカの地上絵 完全ガイド』「地球の歩き方」編集室 2010年

アンデス古代の探求』大貫良夫、希有の会編 2018年

 

TV番組

「大ナスカ 最後の謎」2018年1月20日 テレビユー山形 第28回JNN企画大賞

 

WEB

「ナスカ文明崩壊の謎」ナショナルジオグラフィック2010年10月号特集

ウィキペディア「ナスカ」