同僚が腰痛で松葉づえをついて出社してきた。
ボクも腰痛とは40年以上の付き合いだ。中学の頃から整形外科と接骨院は常連だった。シャワーを浴びている時にくしゃみをして、ぎっくり腰になったことがある。眼球を動かすだけで激痛が走った。
親父は椎間板ヘルニアで大手術をした。
上半身の全体重が腰椎に架かるから、腰痛になりやすい。人類が直立二足歩行になってできた不具合だ。
360万年前の人類が二本足で歩いていた足跡がアフリカのタンザニアで発見されている。大きい足跡とそれより少し小さい足跡、そしてもっと小さい足跡が並んで付いている。子どもを連れた夫婦だったかもしれない。
これまで発見された最古の人類のサヘラントロプスも、700万年前に不完全ながら直立二足歩行をしていた、と考える研究者がいる。
なぜ人類が直立二足歩行を行うようになったのか、いろいろな説がある。
「サバンナ説」 人類のゆりかごと呼ばれるアフリカ東部は、かつて森林だったがサバンナと呼ばれる草原に変わり、森を追われた人類はやむを得ず二足歩行をするようになったという説。
「食料提供仮説」「運搬起源説」 両手が使えると男は女にたくさん食料を持って帰ることできる。だからたくさん子孫が残せたという説。
「エネルギー効率説」 二足歩行は効率的に長距離の移動ができるため、獲物を追いかけ弱ったところを捕まえることができるので有利だとする説。
「日射病回避説」 直射日光が強いアフリカで、日光にあたる面積をできるだけ少なくしようとすると直立になるという説。髪の毛があるのも同じ理由だという。
「視野拡大説」 立ち上がることにより、ずっと遠くまで見渡せるようになり、敵から逃げることができるという説。同じように立ち上がって相手より大きく見せる「威嚇説」などというのもあるらしい。
「水生類人猿説」または「アクア説」 かつて人類は水の中で暮らしており、水中を移動するのに直立二足歩行が便利だったという説。
さらには植物のウイルスが移動し、重力に逆らってまっすぐ立とうとするようになったとする「ウイルス説」や、死にかけたチンパンジーが二足歩行をするのを見た人が思いついてた「臨死体験説」などというのもあるようだ。
サバンナ説は一時期有力だったが、現在は森林の減少がそれほどでもなかったのではないかと言われている。水生人類説も今はほぼ否定されている。ウイルス説や臨死体験説はトンデモの類。その他の説もなるほどと思う部分もあるが、決め手に欠けるし、しょせん想像の世界で証拠がない。
と思っていたら、京都大学と英米ポルトガルの合同チームが、2012年に発表した研究をみつけた。
「限られた資源を独占するために、1回にできるだけ多くの資源を持ち運ぼうとして、われわれの祖先は四足ではなく二足で歩くようになった、と考えられる」と結論付けている。
アフリカ、ギアナの野外実験場におけるチンパンジーの研究成果によるもの。
チンパンジーの好物でなかなか手に入らない貴重なナッツを置いて実験した。好物のナッツを他人に取られまいと両手だけでなく口まで使うようになり、持ち去る時に二足歩行になる割合が4倍になった。
また、畑荒らしのチンパンジーの観察結果によると、通常は拳をついて歩くナックルウォークのチンパンジーの35%が二足歩行に変わって盗みを働いたそうだ。まさに食料提供仮説のそのものだ。
なるほどと思ったでしょう。ふーんと感じたでしょう。でも、ちょっと待ってください。重大発表があります。
実はボクもこの研究を知ってなるほどと思い、ふーんと感じたのです。そこでこの文章を書こうと思ったのですが、その途中で閃いてしまったのです。
京大もびっくり、名付けて「愛の緊急避難仮説」。
食料も大事だけど、人間にはもっと大事なものがあるでしょう。危機に陥った時に食べ物なんか持って逃げないでしょう。もっと大事なものがあるでしょう。そう、それは子どもです。
想像してみてください。山火事にあったわれわれの祖先は、子どもを抱えて逃げたのです。肉食獣を避け、長距離移動するときに赤ん坊を抱いて歩いたのです。
人間の子供は大きくなるまで時間がかかる。サルの赤ん坊のように母親にしがみつくことができない。
二足歩行によって守られた遺伝子を受け継いできたのが人類。二足歩行は愛情の証なのです。
二足歩行を獲得した代わりに腰痛に耐えねばならなくなった人類。
「朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、この生き物はなにか?」とは有名なスフィンクスのなぞなぞ。
松葉づえをついた同僚は四足歩行でした。
オジさんの科学vol.004 2016年4月号 2016.04.08 や・そね