オジさんの科学vol.045 2019年9月号
※2019年9月に配信した文章を2021年5月に微修正し、アーカイブしました。
トウガラシの辛さを変化させる遺伝子が発見された。
2019年8月、京都大学と岡山大学、城西大学の共同研究グループが発表した。辛さは、「カプサイシン」に代表されるカプサイシノイドと呼ばれる辛み成分の量によって決まる。発見された遺伝子は、トウガラシのカプサイシノイド製造量を調整する。
インド料理、韓国料理、四川料理、メキシコ料理、タイ料理・・・辛くてうまい料理はたくさんある。ボクは辛いもの好きである。ココイチなら平均8辛、最高の10辛もOKだった。
しかし最近辛いものを制限してきた。胃に悪い、腸に悪い、尻に悪い、カラダに悪いと言われ続けてきたからだ。胡椒にワサビ、山椒と辛い物はいろいろあるが、尻まで辛くなるのはトウガラシだけだ。
トウガラシの辛さは、どの程度危ないのか。
2016年10月、激辛コンテストでトウガラシの「ブート・ジョロキア」のペーストを塗ったハンバーガーを食べたアメリカ人男性が、激しいムカつきに襲われ、嘔吐した。食道には2.5cmほどの穴が開いていた。極度の吐き気や嘔吐を無理にこらえようとした時、食道の内圧が上昇し破裂することがある。死に至る場合もあるそうだ。男性は緊急手術で助かった。
ブート・ジョロキアは、2007年に世界一辛いトウガラシとしてギネスに登録された。その後2013年に「キャロライナ・リーパー」というトウガラシが、世界一に認定されている。
2018年4月、そのキャロライナ・リーパーを食べた34歳の男性が病院に運び込まれたとCNNが報じた。ニューヨークで開かれたトウガラシの大食い大会の参加者だった。
後頭部に激痛が走り、頸部から頭部にかけて痛みが広がったという。脳出血や脳梗塞は、起きていなかったが、脳につながる4本の血管が大きく収縮していた。頭痛薬などの医薬品やコカインなどの違法薬物で起きる症状だ。重症化すると命にかかわることもある。治療の結果、男性は数日後に退院できた。
トウガラシの辛さは、デトロイトの薬剤師スコヴィルさんが1912年に考案した「スコヴィル値」で表される。抽出したトウガラシのエキスを砂糖水でどんどん薄めていく。そして、どの時点で辛みを感じられなくなるかを調べる。10倍に薄めて感じられなくなれば、そのトウガラシのスコヴィル値は10である。
ブート・ジョロキアは約100万スコヴィル(SHU)、キャロライナ・リーパーは最高220万SHUだ。さらに240万SHUの「ドラゴン・ブレス」が記録を塗りかえた。純粋カプサイシンは1,600万SHUだ。
激辛と言われるハバネロは、およそ30万SHU。カイエンペッパーや鷹の爪は3~5万SHU。タバスコ・ソースは、原材料に酢を加え4千SHU程度にしているそうだ。
辛くないトウガラシ、ピーマンやシシトウガラシ、パプリカは0(ゼロ)SHUだ。
一方で、トウガラシの効能とは何なのだろうか。なぜヒトは、トウガラシを食べるのか。夏にカレーを食べるのは、食欲増進と発汗のためと言われる。ダイエット効果があるとの話も聞く。
トウガラシを食べると痛みを感じる。この痛みの物質を早く消化し、無毒化しようと胃腸は活発化する。これによって食欲が増進される。
ラットの実験では、白色脂肪組織の減少が確認されている。食欲が増進し、たくさん食べたにもかかわらず、カプサイシン無しのグループより体重増加が少なかった。さらにエネルギー代謝が亢進し熱生産が増加しただけでなく、熱放散も促進された。
年を取ると、食が細くなる。汗をかかずに熱中症になりやすくなる。基礎代謝も落ちる。年寄りにこそ、トウガラシが必要なのではないだろうか。
高血圧で減塩を指示されているオジさん、オバさんは多い。カプサイシンには、減塩効果があることがラットの実験からわかっている。実験では、食塩好きの高血圧ラットも減塩できた。
小さな水槽に水流を発生させる。そこに泳ぎを訓練したマウスを入れ、限界まで泳がせる。カプサイシンを投与すると長時間泳げるようになった。カプサイシンは有酸素運動の能力、持久力をアップさせると考えられる。お昼にカレーを食べれば、午後のハーフも乗り切れるかもしれない。
脳内モルヒネと呼ばれるβエンドルフィンの分泌が促進されると考えられている。また、アドレナリンも分泌され興奮状態を維持する。ラットの実験ではカプサイシンの投与により数倍にまで増加した。
有楽町のタイ料理屋チェンマイに行った時を思い出した。辛い物が苦手な先輩の分もトムヤムクンを飲み干した後、しばらくトリップしたような気分になった。ボケたオジさんの脳には、刺激が必要なのだ。
さて、胃腸に対する影響はどうなのだろうか。
ブート・ジョロキアやキャロライナ・リーパーを食べた時のように、ラットにカプサイシンを大量投与すると胃潰瘍や十二指腸潰瘍の発症が増大する。一方で微量のカプサイシンは胃潰瘍に対する保護効果を発揮する。
ヒトの場合、世界で最もトウガラシを食べている人々でも胃潰瘍になるレベルではない、との報告がある。逆にアスピリンなどによる胃粘膜への損傷を防ぐ効果があるらしい。
こんな効用もあるようだ。
カプサイシンは、帯状疱疹ウイルスに対する抵抗力を増すという報告もある。トウガラシには体の老化を防ぐ抗酸化作用があるビタミンCも多く含まれる。ビタミンAやE、Kも多い。
食物を上手く呑み込めず、気管に入ることを誤嚥という。高齢者の肺炎の原因の一つである。嚥下障害を起こしている患者にカプサイシンを服用させた。すると嚥下時の反応が大幅に改善された。
農水省のホームページには「同じ量のカプサイシンであっても、感受性の強さや慣れによって感じる刺激の強さが異なりますので、適度な辛さを一人一人把握し、好みに応じて適度に調理に取り入れましょう」と書いてある。
激辛トウガラシは激辛ファイターにお任せ。適度な辛さのトウガラシなら、オジさんのカラダに悪くはなさそうだ。
や・そね
<参考資料>
書籍
・岩井和夫、渡辺達夫 2008年『トウガラシ 辛味の科学 改訂増補版』幸書房
・伏木亨 2008年『味覚と嗜好のサイエンス』丸善
・山本紀夫 2016年『トウガラシの世界史』中公新書
・ヘザー・アートン・アンダーソン 2017年『トウガラシの歴史』原書房
・ボブ・ホルムズ 2018年『風味は不思議』原書房
プレスリリース
『トウガラシの辛みレベルを変化させる遺伝子変異を発見』
WEB
・CNNco.jp 2018年4月10日
『「世界一辛い」トウガラシで脳血管にダメージ、男性入院 米』
・exciteニュース 2016年10月19日
『世界で2番目に辛いチリを食べた男性 食道に2.5cmの穴(米)』
・site「チリチリマガジン ジャパン」