オジさんの科学

オジさんがオモシロそうだと思った科学ネタを、勝手にお裾分けします。

宇宙に行くと、体はどう変化するのか

オジさんの科学vol.090 2023年6月号

 

 ガンダムシリーズの最新作「水星の魔女」が放映中だ。ガンダムは、ずっとご無沙汰だった。今のシリーズは、ストーリーが複雑なのか、シナリオが整理されていないのか、はたまたオジさんの脳が衰えているのか。誰と誰が味方で、どの組織同士が敵対しているのか、ついていけない。ただし宇宙を拠点とする「スペーシアン」と地球居住者の「アーシアン」の抗争が軸になっているようだ。この構図は、初期のガンダムにもあったと思う。

 

 現実世界でも、宇宙進出が、また活性化している。米国航空宇宙局(NASA)のアルテミス計画には、日本の宇宙航空研究開発機構JAXA)も参加している。2028年には、月周回宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設。そこを足掛かりに月面有人活動拠点「アルテミス・ベースキャンプ」の建設が予定されている。いよいよガンダムの世界が近づいてきた。とは言っても戦争はゴメンだ。

 

ガンダムには、“ニュータイプ”と呼ばれる子供たちが登場した。宇宙で育ったニュータイプは、地球居住者とは異なる特殊な能力を持っていた。また、アニメ「プラネテス」に登場する月生まれの12歳の少女の背丈は、大人の男性よりも高かった。

宇宙や月での生活は、人体にどんな影響を与えるのだろうか。

 

 今年4月にJAXA筑波大学研究チームは、『人類の月面生活実現への新たな一歩となる月面重力下におけるマウスの筋肉の量と質の変化の違いを解明』という研究成果を発表した。

 研究チームは、国際宇宙ステーションISS)の日本実験棟「きぼう」において、マウスを3種類の重力環境下で約1か月間飼育した。きぼうの中は、基本的にはほぼ無重力だ。そこで、「可変人工重力研究システム(MARS)」で重力を発生させ、月面重力(1/6G)と地球上重力(1G)をつくりだした。MARSは、遠心機を回転させて人工重力を発生させる。さらに対照実験として、地上でも同じように飼育した。

 

 その後、マウスの「ふくらはぎの筋肉(ヒラメ筋)」を解析した。無重力マウスは、筋肉量が減っていた(同チームの先行報告では、同様の実験で筋肉量が15%も減少すると発表されている)。さらに、マラソンの様な持久力を必要とする運動が得意な筋肉「遅筋」が減少し、瞬発力を生む「速筋」の割合が増加した。

 一方月面重力マウスでは、地上マウスや地球上重力マウスと同じで、筋肉量の変化は見られなかった。しかし、速筋の割合は増えていた。

 

 ISSの宇宙飛行士には、筋肉の喪失を防ぐために、毎日2時間ほどの運動が欠かせないそうだ。これを怠ると、ふくらはぎの筋肉に特に大きく影響が出るそうだ。

 その他にはどんな変化が現れるだろうか。

 重力が掛かって圧縮されていた背骨が伸びて身長は高くなるそうだ。5~8cmほど伸びるらしい。背骨が伸びる分だけ、その周りの筋肉も引っ張られる。宇宙に行ってしばらくの間は、背中や腰に痛みがでるそうだ。

 また、重みを支える仕事が減るので、骨量も減る。1ヶ月で1~2%の割合で減るそうだ。地球に帰還後、骨密度が戻るのに3年かかる場合もあるそうだ。

 

 体重も減る。滞在1ヶ月で約8%、2ヶ月で約13%、3ヶ月で約16%の血液が減り、その分だけ軽くなる。

 無重力だと上半身に血液が多く集まるようになる。地上では下半身にあった血液の1~2ℓが、頭に集まる。脳は体液の量が多いと感知し、水分を排出するようになる。すると、いわゆる血液が一時的に濃縮された状態になる。そのままでは血液がドロドロ血の状態になるので、血液を薄めるように様々な成分が調節されて減り、サラサラになる。しかし、体全体では血液の量が減ってしまう。「宇宙貧血」と呼ばれる。

 

 ISS乗組員の約6割が視力の低下を報告しているそうだ。多くは遠視や目のかすみを訴えた。頭蓋骨の中の圧力変化によって眼球が平べったくなったからだと推測される。

 いくつかのタイプの免疫細胞が活性化することで、アレルギー反応が強くなったり、発疹が出たるすることもあるようだ。

 

 目に見える変化、体が感じる違和感以外に遺伝子レベルでは、どの様な変化が起こるのであろうか。2015年から2016年にかけてNASAは「双子の宇宙実験」を行った。

 宇宙飛行士スコット・ケリーさん(当時51歳)と元宇宙飛行士のマーク・ケリーさんは、一卵性双生児。スコットさんがISSで約1年間働き、マークさんは地上で生活した。

 ISSのスコットさんに起きた変化の一つが、染色体にあった。染色体の末端を保護するテロメアという組織が長くなった。また、染色体の一部が、場所を移動したり、入れ替わったりしていた。

 また網膜と頸動脈の厚さに変化が見られた。腸内細菌も変化したと言う。

 

 スコットさんは1年間を元気に過ごし、帰還した。遺伝子の90%以上は正常に戻った。長くなったテロメアの大部分は、帰還後まもなく通常の長さに戻った。しかし認知機能は低下しており、地球に帰って数か月たっても戻らなかったようだ。

 様々な変化があったが、どれも非常に小さなものだったそうだ。

 

 宇宙での生活は、人類に新たな進化をもたらすかもしれない。“ニュータイプ”が誕生したり、月生まれの“のっぽ”さんが現れたりするかもしれない。

 

 オジさんは、今のところ宇宙に行く予定はない。無重力による、ふくらはぎの筋肉減少の心配はない。しかし現在、右脚ふくらはぎに不安を抱えている。朝のインターバル速歩の途中に痛み出した。軽い肉離れの様だ。歳をとると体のあちこちが弱ってくる。

 宇宙滞在による体の変化は、加齢変化と類似しているそうだ。加齢に伴う筋肉の機能低下である「サルコペニア」などの予防・治療法の確立に、宇宙での知見が役立つと期待されている。

                                                                                                        

や・そね

 

 

 

参考資料

プレスリリース

『宇宙空間での骨格筋の衰えは人工重力によって抑制される』 2021年4月30日 筑波大学

https://www.tsukuba.ac.jp/journal/medicine-health/20210430140000.html

『人類の月面生活実現への新たな一歩となる月面重力下におけるマウスの筋肉の量と質の変化の違いを解明』 2023年4月19日 航空宇宙研究開発機構、筑波大学

https://www.jaxa.jp/press/2023/04/20230421-1_j.html

 

雑誌

日経サイエンス』2015年5月号 「双子の宇宙実験」

『Newton』2022年8月号 「人類は再び月へ― アルテミス計画」

 

WEB

『NATIONAL GEOGRAPHIC』News 2019年4月16日 「宇宙生活で染色体に異変、双子で実験、最新研究」

https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/041200226/?P=1

『nature ダイジェスト』2019年6月号 「宇宙滞在の影響が双子研究で明らかに」

JAXA宇宙技術部門Humans in Spaceホームページ 「よくあるご質問」「宇宙のくらし」など

https://humans-in-space.jaxa.jp/

ファン!ファン!JAXA!「1年間の宇宙滞在と双子の宇宙飛行士の深い関係」

https://fanfun.jaxa.jp/topics/detail/4771.html?utm_source=pocket_saves