オジさんの科学vol.032 2018年8月号
(2018年8月に配信した文章を、2020年4月に微修正しアーカイブしました)
一昨年、雪男のものと言われていた複数の毛のDNAが、12万年前の白クマさんと一致した話を紹介した。 そのネタ元のナショナルジオグラフィックが、またまたUMA(謎の未確認動物: Unidentified Mysterious Animal)を追い詰める研究の記事を掲載した。
タイトルは「ネッシーにチェックメイト!環境DNA分析を開始」。
ネッシーとは、言わずと知れた世界でもっとも有名なUMA。英国スコットランドのネス湖に住むと言われる。目撃証言から、中生代の海竜プレシオサウルスの生き残りではないかとの説もある。
ちなみにプレシオサウルスの仲間は日本でも発見されている。フタバスズキリュウと呼ばれ、福島県のいわき市で化石が発見された。20年以上前に化石発見の地近くの展示施設を、息子と見に行った。震災後も施設は残っているのだろうか。
「ドラえもん のび太の恐竜」に出てくるのもこの仲間だ。
ニュージーランドのオタゴ大学が中心となった国際研究チームは、2018年4月からネス湖の水を採取し始めた。水の中からネッシーのDNAを見つけ出そうという試みだ。
生き物が活動すれば、汗をかくし糞もする。皮膚がはがれ落ちたり、怪我をすれば血液が流れる。これらの中にはDNAが入っている。水や土、空気などの中に混じり込んだDNAを「環境DNA」という。環境DNAを見つければ、そこにその生物がいた証拠になる。
国際研究チームはネス湖の環境DNAを片っ端から分析し、ネッシー論争に決着をつけようとしている。
調査方法の詳細は不明だが、すでにDNAの抽出作業に入っており、2019年1月までには調査結果を発表する予定だ。
はたして本当に環境DNAによって、ネッシーの存在または不在を証明できるのだろうか。
環境DNA分析の精度を検証する調査が、日本で行われている。
神戸大学などの研究グループは京都府北部の舞鶴湾で海水をくみ取り、環境DNAの精度を調べた。この調査報告は、2016年と2017年に発表された。
京都府北部の日本海に面する舞鶴湾では、毎年6月になると回遊によってやってくるマアジが増加する。他の魚の数倍から数百倍のマアジが泳ぎ回ると言われている。
研究グループは舞鶴湾西湾内の47ヶ所で水面近くと底の方の海水を汲み取り、マアジのDNAを測定した。汲み取る量はそれぞれ1リットル。舞鶴湾西湾の面積は11km2。東京ドームの235倍もある。
一方で魚群探知機を使い採取地点周囲のマアジの量を計測した。
その結果、環境DNAの濃度はマアジの量をよく反映していることが判った。
ただし、環境DNAの発生源が生きているとは限らない。漁港付近でも環境DNAが大量に検出された。これは、水揚げされたマアジ由来と考えられる。
続いて研究グループは「環境DNAメタバーコーディング(多種同時検出法)」を使い、どんな魚が舞鶴湾に生息するのかを調べた。
これと潜水による目視観察結果を比較した。京都大学のチームには、14年間に渡る数百回の潜水による目視観察のデータがある。さらに今回の調査の前後4ヶ月間に、140回の潜水調査を実施した。
環境DNAメタバーコーディングで検出された魚は128種だった。
目視観察で確認されている魚の8割がカバーされていた。その中には14年間で数匹しか観察されていない魚が23種も含まれていた。また逆にこれまで一度も目撃されたことがない魚のDNAも20種以上確認された。
研究グループは、わずかな量の採水で14年の長期にわたる調査に匹敵する結果が得られることがわかった、としている。
ネス湖の調査において、正体不明の環境DNAが検出されれば、謎の生物がいることになる。
また、ネッシーはチョウザメかヨーロッパオオナマズの誤認ではないかとの説がある。両者ともネス湖での生息は確認されていない。もし環境DNAが見つかれば誤認説を後押しすることになる
日本の調査から考えると、未知の環境DNAが見つからなくともネッシーの完全な不在証明にはならないと思える。結局ネッシーの謎は残るのだ。
環境DNAの技術は多方面での展開が期待されている。
舞鶴湾の調査は漁業への活用を目指している。同様な調査は霞ケ浦などの湖や江の川などの河川でも行われている。
シカゴ周辺の運河では、いないはずのアジア産のコイのDNAが確認され、侵略的外来種が五大湖まで広がろうとしていることが明らかになった。
ナショナルジオグラフィック協会は、1930年代に行方不明になった米国の女性飛行士アメリア・イアンハートが不時着して死亡したと考えられている南太平洋のニクマロロ島で、採取した土から環境DNAを抽出し、彼女のDNAが含まれていないか確認しようとしているらしい。
土星の衛星「エンケラドス」や木星の衛星「エウロパ」の深部には水があり、生命が存在する可能性があると言われている。そしてこれらの衛星の表面では、氷水の間欠泉が噴出している。ロケットがバケツを抱えてこれに突っ込めば、汲み取れそうだ。その中に環境DNAが見つかれば、地球外生命の証拠になる。
<今月のキーワード>
【環境DNA】生物から直接採取されるのではなく、水や空気、土壌など様々な環境から得られるDNAのこと。それらの環境に生息する生き物の糞、毛、皮膚、血液、体液、死骸等々に由来する。直接その生物を発見できなくとも存在する証拠となる。あなたの家は、あなたの環境DNAで満ち溢れている。
<参考資料>
プレスリリース
・「海水中のDNA情報で魚群の居場所と規模を明らかに」
2016年3月3日 科学技術振興機構(JST)、神戸大学、北海道大学、
統計数理研究所、京都大学、龍谷大学、千葉県立中央博物館
・「わずか1日の調査で魚種の8割を検出~海水からのDNA解析法で~」
2017年1月12日 科学技術振興機構(JST)、神戸大学、京都大学、
北海道大学、龍谷大学、千葉県立中央博物館
WEB
・ナショナルジオグラフィック日本版サイトニュース